ずいっと近づく顔は綺麗だった。
切れ長の目、紫色の瞳、少し長い紫色の髪。
女のわたしでも見惚れる程で、でも大きなゴツゴツした手や浮き出た血管やその整った顔を作り出す骨格は確かに男性だった。
壁と大きな身体の彼に挟まれては身動きがとれない、というより動いてはいけない気がしてるそんな状況でも冷静に彼を見つめられる程、わたしはなぜか落ち着いていることに気付いた。
(妬いたり寂しい時にこうすることを最近になって知った)
(こうして度々自分のモノだという確信がほしいのだと、思う)
しかし彼の視線がわたしの唇であることに気づいた時咄嗟に手で口を覆った。
「な、なに紫原くん」
「...」
「ちょ、わたしまだ心の準備が、」
「...名前ちん、俺のお菓子食べたでしょ」
「...はあ?」
思わず間抜けな声が出る。
まさか自ら怒られる行為をするはずがない。
何よりキスだと勘違いした自分が恥ずかしい。こんな紫原くんは初めてだったから少し驚いてしまった。
「そんなことしたら紫原くんぜったい怒るじゃん。するはずがないでしょう?」
少し怒り気味に答える。
勘違いした恥ずかしさを彼の所為にするように。
「そっかー、確かにねー。でも名前ちん口にお菓子ついてる」
え、まさか、
そう思ったけれど友達のお菓子を貰って食べた記憶があったため思わず彼を見上げてしまった。
「...なーんて、」
はじめ何が起こったかわからなかった、というより、受け入れないように必死になっていたのかもしれない。
何一つ表情を変えることなく彼はわたしの唇を奪ったのだ。
「なっ!ど、して、」
「どうしてって、俺ら付き合ってんだからこういうこと普通にしたっておかしくないし。それに、」
言いかけてやめた彼を見ると、とても寂しそうにわたしを見つめていた。
「こうでもしないと名前ちん、まだ心の準備が、って全然してくんねーし、」
わたしは何も言うことができずにいた。
このまま嫌われてしまうんだろうか。
実際付き合ったのはいいものの、彼はキセキの世代の1人で注目を浴びていて、こんなに背が高いもんだから否が応でも分かってしまうそんな人といっしょにいるだけでわたしは、釣り合うようにいっぱいいっぱいで背伸びばかりしているそんな状況でキスなんて、その先のことなんて絶対無理と、彼とは大事に大事にしていこう、今はこうしているだけで幸せなんだから、と何かから逃げるようにそう自分に言い聞かせてきた。
「わ、わたし、紫原くんといるとすごくどきどきしちゃって、その、」
「...名前ちん、ウソついてるっしょ」
「だって!あなたは、紫原くんはっ、...高い高い空みたく上の人。わたしにとって」
「はぁ?全然イミわかんないんだけど」
「大事なの、すごく。たまに隣がわたしでいいのかなって思っちゃうくらい。だから、」
「だからその先へは進めない。触れたくても触れられない」
「...っ、」
「そのさー、空とか隣にいていいのかわかんないとか俺には分かってあげらんないけど。...俺だって名前ちん大事だし、頑張って大切にしたいって思ってるし。でもさ、」
わたしから離れさっきまで食べていたお菓子の袋に手を入れて、また食べ始めながらゆっくりと口を開く。
「俺だって我慢の限界、だし」
きゅ、
そうわたしの胸の奥で音がした。
そうか、これなんだ、と妙に納得している自分がいた。
好きな人がいて、この音がしたらきっと“してみたいな”と思うことをすればいい。
「紫原くん」
「んー?」
ちゅっ、と音を立ててわたしは紫原くんのほっぺにチューをした。
「!!...触れられないんじゃないの」
「触れたいって思ったの。だめ?」
「ダメとかそういうんじゃなくて...もう!名前ちんマジでイミわかんないからー」
子供のようにふてくされる彼にわたしはまたキスをした。