会ったばかりの私達/一十木音也


今日は私の憧れのアイドル、ST☆RISHの一十木音也くんの曲の発売日。


私は前から予約をしていて、その曲が発売される日を心待ちにしていたのだ。


ST☆RISHのみなさんは、誰もがかっこよくては歌がうまいのに、何故か私は一十木くんの歌声だけが耳に残るのだ。


一生懸命な、それでいて楽しそうに歌う歌声に、惹かれたのだと思う。


歌声から、それがひしひしと伝わってくるから。


…でも、それと同時に、一十木くんには好きな人がいるんだろうなという思いもあった。


彼の歌声からは、それがひしひしと伝わってくるから。


アイドルの彼と、一般人のわたしとでは立場が違う。


それは重々承知してるつもりだった。


それでも、私の胸に残ったしこりは消えなかった。










ついたのは、駅前のCDショップ。


ここはお気に入りのお店で、よく来るお店だった。


家から近いし、私がST☆RISHと…一十木くんと出会ったのも、このCDショップだったから。


『ラーラララーラーラーラー♪』


一十木くんの新曲を口ずさみながらお店に入る。


カウンターで予約したCDを受けとった後、ST☆RISH及び一十木くんの特集をしているコーナーへと向かう。


そこには先客がいて、私に気付くと、愛想良く会釈してくれた。


私はそれに吃驚しながらも会釈しかえす。


それから、一十木くんのCDを手に取った。


『信じるを歌へ…♪』


思わず小さく歌ってしまう。


すると、


「あ、あのっ!」


と声をかけられる。


『え…?』


声をかけてきたのは、さっきの会釈してくれたお兄さんだ。


黒い帽子に、サングラス、マフラーをしている。


…寒さ対策ばっちりだ。


『な、なんですか…?』


びっくりしながら返すと、お兄さんはしどろもどろしながら喋り出す。


「えと、あの……キミ、その曲好きなの?」


『その曲って?』


「ほら、今歌ってた…」


『え!?聞こえてましたか!?』


「うん、バッチリ!…じゃなくて、好きなの?その曲…」


真っ直ぐに見つめられて、私はなんとなく目が合わせられなくて、目を泳がせながら答える。


『…はい。』


「その曲の、どこが好き?」


『…えっと…メロディは勿論なんですけど、この歌手の、気持ちがすごくわかる気がして…』


「え?」


『ほら、自分の気持ちって、言葉とか、行動とかでも表せられるじゃないですか。それでも伝わらない、伝えられない思いってあると思うんです。それが伝えられるのが、歌なんだって歌ってるように思えて…』


今度はちゃんと目を見て言う。


『信じることって、するのもされるのも難しいじゃないですか。それを歌に乗せることで、伝えたいんじゃないかなって…』


「…」


『他にも、伝えたいのに伝えられない誰かに、君はもう1人じゃない、大変なことは沢山あるけど、そんなときは、この歌を思い出して欲しいって…』


「…」


『っ!!』


お兄さんがぽかんと私を見ていて、いつのまにか、思っていたことを話していたことに気づき、恥ずかしくなる。


『ごめんなさいっ!見ず知らずの方にペラペラと…!それに今の解釈だって自己解釈なのに…!』


「そんなことないよ!」


慌てて謝ると、お兄さんは私の手をぎゅっと握る。


『え…?』


「っ!あ、あの、その人もきっとそう言うんじゃないかなって…あはは…!」


お兄さんは恥ずかしげに笑う。


それを見て、私も笑ってしまう。


そんな私を見て、お兄さんも笑う。


「…ねぇ、君、名前はなんて言うの?」


『え?』


「あ!別に変な意味じゃなくて!」


あわあわと慌てるお兄さんに、私は笑いながら名乗る。


『大丈夫ですよ、吃驚しただけなんです。私は江藤みのりと言います』


「そっか、江藤さん、ね!」


お兄さんは屈託なく笑う。


「ねぇ、江藤さんは今から時間ある?」


『え?暇ですけど…』


「よかった!ちょっと来て!」


『え!?』


お兄さんが私の手を引いて歩きだす。


…なんだか、今日会ったばかりなのにお兄さんには吃驚させられてばっかりだ。




会ったばかりの私達

(それなのに、なんだかよく振り回されるなぁ…)

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