「うぅぅ…」
「………………」
「うぅぅぅぅ…!」
「うるさい」
「痛っ!」

おでこにじんわり広がる痛みに思わず声をあげる。
くそ美由紀め、デコピンだって地味に痛いんだからな!

睨みつけると睨み返されたのですかさず謝る。
私はチキンだ、否定はしない。
だだだだって美人に睨まれると迫力あるんだから!


「うめき声あげすぎよ花子。欝陶しい」
「姉さん今日も絶好調ですね、言葉が心に刺さります」
「メール、リドル先輩から?」
「…………ん」

"ダンスパーティーのドレスできたから一緒に僕の家に行こう。クラスまで迎えに行く"

簡素でわかりやすい文章である。
そして疑問形でもないから私に拒否権はない。


「あんたもさぁ、素直になればいいんじゃないの?」
「は?」
「あんなイイ男捕まえといて今の状態じゃ勿体ないわよ、ほんと」

グロスを塗って鏡で確認し、ひとつ頷くと立ち上がる美由紀。
あいたままだった口を慌てて閉じると頭を撫でられた。


「これ以上リドル先輩は何もできないんだからさ、花子から少しアクションしてみなよ」
「アクション…?」
「うまくいったら報告して。
………あ、やばい私今から彼氏とデートなんだわ」
「もうリア充爆発しろ」
「あんたもそのうちリア充になるわよー」
「なれたら苦労しないっつの!」

高笑いしながら去っていった美由紀にため息をつき、美由紀の代わりに現れたリドル先輩にまたため息をつき、靴箱へ向かった。
…あれ、私の幸せ結構逃げてるんじゃなかろうか。





「花子」
「はい」
「僕の家って結構遠いからさ」
「はい」
「二人乗りしようか」
「…………はい?」

嘘だ。表向き真面目で校則さえ破ったことない先輩が、笑いながら交通違反である二人乗りを提案してくるなんて嘘だ。

頼む、誰か夢だと言ってくれ。


「ほら早く乗って」
「あの私重いんで、二人乗りするにしても私に自転車漕がせてくださ、」
「花子早く」
「…………失礼します」

鞄はすでに先輩の手によって自転車のカゴに回収済みである。
横に座るか跨がるか迷ったけれど跨がることにした。

バランス崩して自転車がこけたら私のせいだし、もしそれで先輩の顔に傷でもついたらクラスの子の追及が恐ろしい。


「……跨がるとパンツ見えるよ?」
「オーバーパンツという素晴らしい物をはいてるので大丈夫です。もし見えたとしても減るもんじゃありませんし」

そう答えると先輩がため息をついた。なんでだ。

ゆっくり動き出した自転車。だがしかし何かにつかまらないとバランスは崩しそうになるわけで。
迷った末に先輩のブレザーの裾を握った。

少し経つと案外慣れてくるもので、やんわりと頬を撫でる風を感じ、目を細める。
橙に染まる町並みが、歩くよりも少し早いスピードで後方に流れ去っていく。

前を向くと、先輩の広い背中。
私が乗っているせいで重いはずなのに、そんなことも感じさせない真っ直ぐ伸びた背筋。
ふわり、鼻をくすぐる私と違うシャンプーの香りに胸が鳴った。


「花子、ついたよ」


もしかして、今、素直になるとき?


「自転車おいてくるから……花子?」
「トム先輩」
「……………!」

目を見開く先輩にもう一度、トム先輩と呼びかける。
思ったよりも違和感がないのは、やっぱり私も先輩にそういう気持ちがあったからなんだろう。


「花子、今、」
「ほら早く自転車おいてきてくださいよ。ドレス、できたんでしょう?」

先輩は驚いたように目を何回か瞬かせて、今まで見たどの笑顔よりも幸せそうに笑った。


「…花子、付き合わない?」
「今の聞かなかったことにしますから、ダンスパーティー終わったらもう一度聞かせてくださいね」
「全く、前から思ってたけど強情だよね」
「今更じゃないですか」

顔を見合わせ笑いあう。
もうそろそろ、捕まえられてもいいかもしれない。


幸せの足音は
もうすぐそこに


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