あやかし屋
何処と要として知れない山の中をひたすら走る。
草木でかすっても、傷を負っても彼女は止まることを知らないかの様に走り抜ける。
時折背後を振り返っては頬を伝う涙を拭った。
「あっ・・・!!」
視界が反転し、次いで身体を痛みが襲う。
どうやら木の根に足をひっかけてしまった様だ。
涙のせいで視界が霞むのも構わずに無造作に拭うと、彼女は再び走り出した。
「あやかし屋様・・・っ」
もし、本当にいるのなら。
「きゃっ・・・!!」
冷たい、固いものが左手を掴んでいた。
その人ならざる者を見て、彼女は息を飲んだ。
人でも妖でもないもの。
恐怖に身を震わせながらも何とかその手を振り払う。
一際大きな大木の元まで走ると、彼女は木に背を預けて座り込んだ。
囲まれた。
木々からは白い装束に身を包んだ者達が矢を構え、人ならざる者はじりじりとその距離を縮めていた。
「あなた達の、手に・・・掛かるくらいなら・・・っ」
勢い良く懐から短刀を引き抜くと、彼女は自身の喉元に切っ先を当てた。
「あやかし屋、様っ・・・」
短刀を引くと、一気に降り下ろした。
鈍い、耳を塞ぎたくなる様な音が聞こえた。
「―――お前が手を汚す必要はない」
払った刀から血糊が飛ぶ。
彼女が短刀を降り下ろす刹那、何者かが自分の前に立ち塞がった。
月明かりに照らされた長い銀髪に、青い瞳。
それは彼が人でない事を物語っている。
「あや、かし、屋・・・」
そこまでが、彼女の限界だった。
気を失った彼女に向かって彼は口を開いた。
「―――哀れな女だ」
だが、それは彼女の耳には届かなかった。
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