第五話 弐
―――竹林。
竹林の只中に一つだけ開けた場所がある。
そこには大きな岩が数個あり、その中でも一際大きな岩に一人の少年が腰掛けている。
手には金槌の様な物を持っており、何やら刀を鍛えている様だ。
不意に、少年は金槌を振り下ろす手を止める。
「―――来たか」
そう呟くと少年は再び作業を開始した。
* * *
鬱蒼と生い茂る竹を掻き分けながら進んでゆくと、かなり開けた場所へと辿り着いた。
ここにはただ人が迷い込んで来られない様に結界が張られている。
故に人である自分にはここへたどり着くまでが一苦労だった。
ふと、正面の一際大きな岩に腰を掛けている少年の姿を見つける。
5年前と何一つ変わらないその姿。
長い黒髪を腰の辺りまで伸ばし、白を基調とした狩衣の様な衣に身を包んでいる妖の少年。
彼の時は今から200年前に止まっているのだ。
昔は彼も人であったらしい。
「―――青風」
龍作は少年の真名を呼ぶ。
青風と呼ばれた少年はこちらに振り返ることも無く、背を向けたまま今さっきまで鍛えていた刀を龍作に投げ寄こす。
それを難なく右手で受け止めた。
「・・・これは?」
「―――水龍、っていいます。妖を切るならこちらの方が良いかと・・・」
「お前が・・・?」
「ええ、まあ・・・。龍作様が持ち手に相応しかったらの話ですけど・・・っと!!」
言うが早いか少年は腰の刀を抜くと龍作目掛けて振り下ろす。
「・・・ちっ!!」
間一髪でそれを避ける。
人と妖とでは根本的に体力の差が違いすぎる。
対する青風はというと、涼しい顔して口元に笑みまで浮かべて間合いに入ろうとする。
「まったく・・・相変わらずだな」
「そういう龍作様こそ、それなりに力はつけたようですね」
「それなり、ね・・・」
龍作が後方に飛ぶ。
体制を立て直して先ほど渡された刀を構える。
「―――抜け。貴様に資格がないと見たらその刀は抜けない!!」
青風は言うなり龍作に向かって走り出す。
「資格か・・・」
龍作はそっと目を閉じる。
―――感じる、水の波紋の様なものを。
名刀、水龍。
その名の如く水を司るのか。
スッと柄を握り横に抜き放つ。
「抜けた・・・」
「抜けただけでは駄目だ!!」
刀が水気を帯びる。
龍作がフッと不適に笑う。
「龍の鱗か」
前方から迫ってくる青風の刀を受け止める。
刃と刃が激しく擦れ合う音が響いた。
無理やり押し返すと青風は後方に飛び退り、刀を地に置いて肩膝をつき、頭を垂れた。
「お見事」
「顔を上げろ、青風」
「―――は」
「まあ、さっきの言動は許してやるよ。よく帰ったな、―――お帰り」
右手で持った刀を肩に担ぎ、龍作は薄く微笑む。
「はい、只今戻りました」
そういうと青風はスッと立ち上がる。
「・・・で?俺を呼んだって事は奴が動き出したのか?」
「ああ・・・」
そう言って龍作は東の空を睨みつける。
「微かだが・・・妖気が満ちてきている」
「なるほど。だがまだ微弱だな」
「完全に復活したわけではないんだろうさ」
ならば好都合、と言って青風は妖艶な笑みを浮かべる。
「ああ、そうそう。お前には別に任があるんだ」
「―――は!?」
青風は思わず目を見開く。
青風は龍作の式である。
普通ならば先ほどの言動や今の様なことは許されない。
許されないはずなのだが・・・。
式といっても青風には何か枷があるわけではないのだ。
「舞姫の護衛を頼む」
「舞姫ぇえ!?舞姫なら・・・」
「まあ、今いろいろあってな。かなり弱ってる」
「ありえない・・・。あ、いえ、ありえません。絶対に」
「兄が・・・死んだんだ」
「え・・・」
これには流石の青風も目を見開く。
五年という月日はこんなにも長かったのかと今更ながらに思う。
ここまで手が及んでいたとは。
「なぜ・・・」
「俺にもわからない。だが、確信できる。これは奴の仕業だ。舞姫の力を弱らせるためのな」
青風はギリっと歯噛みした。
自分が係わったばっかりに・・・。
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