第五話
都には、人も、妖さえも近寄らない領域がある。
そこへ立ち入る事を許されるのは極、限られた者だけだ。
* * *
鬱蒼と生い茂る竹林に一つの影が舞い降りる。
音も無く折たったその影は顔を不満そうにしかめる。
「―――・・・京の都、か」
できることならここへはあまり来たくは無かった。
それにまだ戻る気もなかったのだ。
都を離れていた時間は自分にとってはあっという間だったが人から見れば長い時だろう。
―――気に入らない。
何がどうと聞かれれば、―――全てと答えただろう。
本当に気に入らない、腹が立つ。
都を覆うこの妖気も、自分の大切なものを脅かそうとすることも、全部、全て、何もかも気に入らない。
「―――覚悟しろよ」
唸るようそう呟いた。
* * *
夜の闇が都を覆う。
雲が晴れて月がとても綺麗な夜だと思う。
これがただの黄色い月であれば。
しかし、今この部屋から見えるのは薄っすらと紅みを帯びた満月だ。
こういう時は、何かがあると帝は思う。
ただただ百鬼夜行が徘徊するだけならまだいい。
何事も無ければそれで良い。
不意に、帝は顔を上げる。
―――聞き間違いか・・・?
「・・・御上、いかがなさいました?」
側に控えていた護衛の者が帝の異変に声をかける。
「いや・・・」
帝は御簾から出ると天高くに浮かぶ月を凝視した。
「お・・・御上!?」
微かに風に乗って響き渡る笛の音。
妖しくも、美しいその音色はただ人には聞こえない。
だが、帝にはその笛を吹いている者の姿が容易に想像できる。
女と見まがうほどの美しい黒髪を風に靡かせながら笛を吹く姿を。
「―――・・・そうか、ようやく戻ってきたのだね」
しかし、彼が戻ってきたということはこの都で何かが起こり始めているという事でもあるのだろう。
帝は肩越しに振り返る。
「すまぬが文の用意をしてくれ」
「―――は。・・・失礼ですがどなたに?」
帝は口端をゆっくりと上げる。
「陰陽師、―――かんぬき霜惺に」
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