第四話 五
「わかり・・・ました。龍作には私から伝えます。ですから、全てお任せください」
舞姫は父に一礼する。
「良かろう。くれぐれも駆け落ちなどは考えるなよ」
「・・・何を今更。私とあのお方は恋仲ではございません。―――失礼いたします」
スッと踵を返して部屋を後にする。
自室へ戻るまでの長い廊をゆっくりと重い足取りで歩いて行く。
何て話せば良いのかわからない。
どう言っても結局彼を傷付けてしまうであろうことが容易に想像できたからだ。
「・・・桜」
彼女が一番好きな花は桜だ。
桜木の性と同じなでもあるからだ。
「・・・花は匂へど、桜の如し」
咲いても散っても美しいというのなら・・・。
逃げずに前へ進むべきだ。
舞姫の長い髪が風に揺れる。
彼女は再びゆっくりと歩き出す。
どう繕っても同じなら、繕わなければ良い。
段々と進むに連れて聞きなれた声が聴こえてきた。
思わず自室の前で足が止まった。
* * *
「―――よね。詳しく話してくれないか?」
「・・・は、はいっ!!」
涙で濡れた顔を衣の袂で無造作に拭う。
こんな時だが、主が主なら、女房も女房だな、などと龍作は不謹慎な事を思ってしまった。
「実は・・・姫様に縁談が来ているのです」
「縁談?それがどうした。いつもの様に断れば良いだけの話だろう?」
いいえ、違うのだとよねは首を横に振る。
「断れません。何故なら・・・姫様はご自分をひどく責めておいでだからです」
舞姫が自分を責めている・・・?
龍作には訳が分からなかった。
彼女が何故自分を責めなくてはならないんだ・・・。
「北の方様でございます。春先から容態があまり思わしくないのは龍作様もご存知でしょう?」
だから、それは自分の今までの我が儘のせいだと舞姫は勝手に思い込んでいる。
妖のせいだという事は舞姫にももうわかっているだろうに。
それでも自分を責めずにはいられなかったのだろう。
誰よりも身勝手で、我が儘で、どんなにきつい物言いをしても本当は優しくて誰よりも人思いな姫だから。
本当は自分に係わる者全てが大好きだから。
そして、誰よりも自分ひとりで解決しようとする。
―――馬鹿だ。
本当に馬鹿だと思う。
何故回りに頼らない。
普段、散々人に迷惑を掛けて楽しんでいるくせに、何故こういう時だけ自分が悪者になるんだ。
龍作は右手の拳を畳に叩きつける。
「何考えてるんだよ、あいつは!!」
きっと今も、一人で自分を責めているのだろう。
隙があったのは悪い事じゃない。
人間誰しも迷う時もあるし落ち込む時もある。
けれど、そんな時だからこそ頼って欲しいと思うことは我が儘なのだろうか。
身勝手な考えなのだろうか。
だが、龍作とてそこまで優しくはない。
そちらがその気なら・・・こちらもそれで返すまで。
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