七話




 狂人としてエリノアは隔離され、子兎の死骸を股ぐらに詰め込むという暴挙によってぼろぼろになった身体の治療は実の母親でさえも恐れてやりたがらず、フィオレブリーナが殆ど一人で行った。グレンも手伝えるところは手伝うが、何分女性の秘部に関することだ。男であるグレンの医者でもない身でできることは限られていた。
 ダニエル兄妹も錯乱から虚脱状態にあり、「気分の落ち着く花茶」を勧められている姿を見かける度にグレンは複雑な気持ちになる。
 制止をかけるには機が悪い。
 どうするか考えながら沸かした湯をフィオレブリーナへ届けると、少し待っていてほしいと彼女から小声で伝えられた。

「ふむ……逢引に誘う女の目ではないな。やはり、そなたの同類か」

 どこか感心したように呟く魔性。
 程なくエリノアへの処置を終えて隔離室から出てきたフィオレブリーナが「こちらへ」と案内したのは、村の教会、その告解室。
 秘密の話をするにはもってこいの場所であった。

「ガーネット神父、一つ伺ってもよろしくて?」
「内容による」
「うふふ、簡単なことですわ。途中から、この村の花茶を飲まなくなりましたわね? 食事の際のハーブも避けるだなんて、糧を与えたもうた神に感謝する神父としてあるまじきではなくて?」

 くすくすと笑うフィオレブリーナに、グレンはあることを思い出して盛大なため息を吐いた。

「お前……知ってただろ……」
「あら、なんのことですの?」
「うるせえ、態々この村の茶を避けて、自前のもんを飲んでたくせに」

 にっこりとフィオレブリーナは笑う。どこか茶目っ気のある魅力的な笑みは、悪戯がばれた少女のようだ。

「いやですわ、ガーネット神父。そもそも、ですわよ? わたくしがただの婚姻の手伝いのためだけに遣わされると思っていらっしゃるの?」

 その間にどれだけのアンシーリーコートを討ち滅ぼすことができることか。
 表向きは淑女然とした理想の修道女でありながら教会が認める退魔師、フィオレブリーナ・ネーヴェテンポラーレ。彼女にただの「手伝い」などで時間を使わせるほど、教会は無能でもなければ人材が足りているわけでもない。
 アンシーリーコート討伐は必ずしも成功するわけではなく、志半ばで斃れていった退魔師も数多くいる。
 現役で優秀な退魔師であるフィオレブリーナの存在は、貴重なのだ。

「教会は幻惑を弄するアンシーリーコートの確認をわたくしに命じましたけれど、案外俗なものが出てきましたわね?」
「最初からそっちを想定しなかったのはなんでだ」

 アンシーリーコートの可能性よりも、麻薬が潜む可能性のほうが想像に易い。
 フィオレブリーナはすい、と自身の腹を撫でた。

「処女懐胎の可能性があったからですわ」
「あ?」

 処女懐胎。
 神の子の出自を思えば、決して教会が認めてはならない奇跡。
 一笑に付して相手にしないか、断固として無視するかすべき内容だが、どちらも表向きのこと。実態は必ず探らねばならない。

「この村からよその村などへ花茶を売りに行く女たちは、誰もが腹をすこうぅし膨らませてしあわせそうな様子なのだそうです」
「……おい、まさか」

 魔性が笑う。

「村のものは、知っておりますわよ。だからこそ――彼女が子兎でしたように、麻薬を腹に詰めて外へ持ち出すのですから」

 村へ来る道中すれ違った妊婦。彼女の妙に幸せそうな様子と、その腹に収まったものの真実にグレンは苦いものが胸にこみ上げてくるのを感じる。
 上品にぱちぱちと拍手する魔性の感性は、もはや感嘆ものだ。
 村の女たち全てが麻薬を運ぶための「袋」ではない。そうであれば村はとっくに破綻している。
 一部の女が選ばれ、壊れるまで「袋」として麻薬を外部へ運び続け、そして壊れれば「死産」を理由に埋葬するのだ。
 そんな悪徳が為される村故に、エリノアの母親は娘の腹の様子がおかしく、体調が明らかに悪くとも、多くのものを見過ごしてしまった。
 フィオレブリーナは既にそこまで突き止めている。

「報告は?」
「……教会にも、運ばれていると申し上げましたら?」

 これだけの情報がありながら未だにフィオレブリーナが村へ留まっている理由は、麻薬の流れている先によっては報告を握り潰される可能性を考えてのことだ。決定的な動かざる証拠か、有無を言わさぬ、言えぬ事態が起きなければ難しいと彼女は判断した。
 グレンもまた、同意見だ。
 ふたりは優秀な退魔師であるが、教会は異端を討ち滅ぼすことを目的としているのではなく、信仰を集め、守ることを尊んでいる。そのための手段の一つが退魔に過ぎない。いざとなれば、切り捨てられる。
 異端認定を受ければ、このご時世でどんな人生を送ることになるか、考えるだけで頭が痛くなるというものだ。

「…………退魔師は、退魔師の作法で片を付けるしかねえか」
「あら、なにか方法がございまして?」
「ネーヴェテンポラーレ、この村は異端の臭いがするな」

 フィオレブリーナは目をまたたかせたが、すぐに嫣然と頷いた。
 幾度となく「奇跡」を起こしてきた神父、グレン・ガーネット。グレンがどれだけ奇跡を振るおうと、彼が聖人の器などにはないことをフィオレブリーナはその信仰心で以って感じている。
 けれど、それがなんだというのだろう。
 神の意志を代行することに変わりないのであれば、手段など瑣末とフィオレブリーナは割り切る。
 故に期待するのだ。

「敬虔なる神父グレン。どうぞ、黒い羊をも正しき道へと導かれるよう、お祈りください」

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