隔離された世界
ピンク色を基調とした家具の置かれた空間。
ランプとシャンデリアによって照らされたその空間は明るいが、それ以外の場所は真っ暗な暗闇である。
その空間で、ぐるぐると動き回る大きな影がひとつ。
「真、真。どこにいるんですか?顔を見せてくださいな」
迷子を探すような言葉だが、その声音にはじんわりと愉悦がにじみ出ている。
長い足はうろうろと探し人の隠れているすぐ近くを通る。
「ふふ、真、出ていらっしゃい」
彼はデスクの下を覗き込むように身体を屈め、そこに隠れている少女を見つけた。
「真、見つけましたよ」
「メフィが相手のかくれんぼは分が悪いと思います!」
「もっと上手に隠れなさい」
長い腕で少女の身体をすくい上げ、そのまま抱き上げる。
少女はそれが当たり前であるかのように相手の腕に身体を預けた。
「メフィ、メフィ。ここに居るはいいんだけど、退屈だよ」
胸元の服を控えめに摘まんで、自分の気持ちを伝える。
メフィ、と呼ばれた男はその姿に目を細める。
「退屈でも、残念ですけど、ここから出してはあげられませんよ?」
「出さなくてもいいから、なにか退屈を紛らわせるものがほしいのだけど。本とか、お絵かき道具とか、ゲームとか!」
メフィーメフィストの腕から薄いピンク色のシーツの敷かれたベッドにおろされた少女は、メフィストの望みの中で自らの望みを叶えてもらえるようにお願いする。
メフィストはその姿に口元に笑みを浮かべ、頷いた。
「気が変わりました」
「え?」
「ここから出してあげます。私のお仕事を手伝ってくださいな」
「えっ」
ベッドに降ろしたばかりの少女の身体をもう一度抱き上げる。彼の選んだお揃いの上着が皺をつくる。
驚いた表情の少女にますます笑みを深め、メフィストはこの、少女を閉じ込める為に作った空間から出ようとしていた。
少女が驚いているのは、この行動についてだろう。
メフィストに発見された直後に少女はこの男にこの空間に閉じ込められた。
服もベッドも食事も、メフィストから与えられるものしかなかった。
もっとも、少女はその暮らしに慣れていたが。
メフィストの行動は少女を手元に置いておきたいが為のものであったが、メフィストはここから少女を出すという。
「メフィ、急にどうしたの?」
「ここに閉じ込めておくと、いつでも会えないでしょう?だから、私の傍に置いておこうと」
「…メフィ、外は怖いから、ちゃんと傍に置いておいてね」
「勿論」
メフィストの奇行は今に始まったことじゃない。
少女は諦めて、メフィストの腕に身体を預けた。
「外に出たら、まずは甘いドルチェでも食べて、それから新しい服を買いに行きましょう」
鼻歌でも歌い出しそうなメフィストに少しの期待を込めて少女は尋ねる。
「新しい靴は?」
「必要ありませんよね?」
「はい」
口元笑ってたけど目が笑ってなかった。
いつもの真っ暗の空間から、色とりどりの世界へ出る。
見たことのある、メフィストの自室。
少女、真は眩しさに瞳を細めた。
抱かれている肩にメフィストの指が食い込む。
「メフィ、メフィ、痛い」
「おや、スミマセン。ずいぶん嬉しそうだと思いまして」
「メフィの住んでた場所だから、メフィの香りがすると思って。ごめんね、気持ち悪かった?」
「いいえ、嬉しいです」
メフィストの笑顔にとりあえずホッと息をつく。
メフィストは(今までの中で比較的)自由にしてくれる分、地雷がわかりにくい。
「とりあえず、そうですね。夜になるまで私の膝の上で大人しく座っていてくださいね」
「わかったよ」
書類の沢山乗せられた机の前の椅子に、真を抱えたまま座り、真の座り心地を調整する。
「寝ていても構いませんよ」
「ホント?じゃあ、お出かけするときに起こしてね」
メフィストの言葉に、くぁ、と欠伸を零し、胸元に顔を寄せる。ここ数日ですっかり馴染んだメフィストの香りに安心しながら目を閉じる。
「おやすみなさい、真」
メフィストの言葉と共に真の意識は闇に沈んだ。
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