ジューンブライド。
または六月の花嫁。
昔から六月に結婚すると、その花嫁は幸せになれるという言い伝えが所以も知らずそこらで囁かれているのは其方もご存じのことだろう。
というより、知らない人が多いだけでジューンブライドたるものにもやはり所以は存在するそうだ。好奇心から、否、することもなかったのでふとした時間に調べてみたところ、いくつか説が浮上した。一番もっともらしいのは六月を象徴する女神、ユノにまつわる説である。
ユノはローマ神話に登場する結婚の女神の俗称であり、女性と子供の守護神と言われる。ギリシャ神話で言うとヘラと同一視される。ゼウスの正妻である彼女は、此方の名前の方が世間一般にはよく知られているだろう。
そんな彼女を祭る祭礼が行われていたのがちょうど六月の一日らしく、そこからその月に結婚した花嫁はユノの加護を受けて幸せになれる、という塩梅である。
ハロウィンやクリスマスのように(これはキリスト教の行事だが)、外国から取り入れた文化を日本は堂々と我がもの顔でやってのけることが多いが、もしかしたら日本国の人々は祭り好きなのか、と思う一方我々がただただ企業に踊らされている心地もする。

先週は上司の誕生日であった。
彼女は自分でもわかるくらい、自分に有り余る好意を余すところなく注いでくれている。自分を見ては笑い、自分を見ては心配し、自分を見ては気を遣う。
それこそ、愛を振りまく女神であるかのように。
彼女は自分のように何かに縋るわけでもなく、腐れ縁のように誰かを羨むわけでもなく、最初の俺の瞳には人を疑うことを知らない子供のように見えたものだ。
そう、どちらかというと俺や腐れ縁より妹に似ている。
俺はあの時そう考えた。

彼女は自分の同志には心配をかけさせまいと、いつも普通の女の子らしく振舞っているところがある。実際あれが素なのかもしれないが、上司らしくないといえば上司らしくない。
自分たちの組織は、彼女のような無垢な笑顔を浮かべる者がいるような場所ではない。それはおそらく彼女も承知の上だっただろうし、周りの誰もが理解していた。
それでも彼女は笑い続けた。
笑うことを忘れたような人がいる中で、構わずに笑い続けた。

自分を兄に例えた彼女。
彼女を妹に例えた自分。
年齢からすれば彼女の方が上のはずなのに、自分の方が下のはずなのに、お互いにどこか遠くの存在を連想していた。


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