あと3秒、待ってやる

大きなお庭の溜め池の側に佇んでいた私の母親。
彼女から受け取った私を、母と同じ場所に埋めたのでしょう。
それが、私の記憶の始まりです。

毎日毎日、代わり映えしない風景に少し心配になったのでしょう。
躍起となって必要以上の栄養を与えてくれていましたね。
貴方が話しかけてくれるだけで十分だったのに。
けれど、口のない私には、私の意志を示す術がありません。暗闇のなか、必死になって少しだけ背伸びをしたことに貴方は気付いてくれなったでしょう。
それでも、私は幸せでした。

時々、埋めた私の足元を掻き分けようとしては母君に怒られていましたね。それも貴方の優しさと、私には伝わっていましたよ。

ようやく土の中から這い出てきた私に向けてくれた貴方の笑顔は太陽よりも眩しくて、それはそれは幸福の光を浴びたかのよう。

毎日、毎日、同じ場所で貴方と交わした逢瀬。
きれいな色だね。私の自慢の黄色い髪に優しく触れる指先が好きでした。
私が背伸びするたびに頭を撫でてくれるから。嬉しくなって、つい、調子に乗ってしまいました。
あっという間に貴方の背を追い越して、貴方の手が届かないところにまで伸びてしまったことは、私にとっても誤算でした。

それでも、高いところから見る貴方のつむじも、麦わら帽子の下から覗く貴方の笑顔も素晴らしいものです。愛しくてたまりません。
けれど、その頃は私も思春期とでもいうのでしょうか。
貴方の笑顔を直視することが出来ず、背を向けてしまうこともありました。
私が作った影の中。不思議そうな首を傾げる貴方に何度胸を痛めたことでしょう。

私も素直な人間になりたいと、何度自身を憎んだことでしょう。

私のその反抗期も終わる頃。
ようやく素直になれた私でしたが、今度は貴方の方から私の所に尋ねてくることが減ってしまいましたね。
代わりに母君が決まった時間にやってきては一言二言添えて帰っていくくらいです。

貴方がやって来る頃と言えば陽も傾く頃合いで「ただいま」と。

けれど、それだけでも私には十分過ぎるくらいです。
貴方と過ごす時間が少ないのは私が意地悪をしすぎたせいなのですから。それはきっと時間が解決してくれることでしょう。

じりじりと照りつける太陽の光りも弱まり、鈴虫の美しい音色が響く頃。
ようやく和解の時が来たのです。

「やっと出来たー!」

かつて貴方が褒めてくれた黄色い、太陽のような髪の毛はすっかりと散ってしまったけれど。
満面の笑みを浮かべた貴方は、私の頭を抱き抱えてくれました。
久々に触れる貴方の指の感触が嬉しくて、涙の種がポロリと地面に零れました。
とめどなくぽろりぽろりと落ちていく粒を拾いながら、「ありがとう」そういってくれたことが私の心の柔らかなところに響いたのです。

相変わらず私は言葉を話すことはできません。
けれど、貴方の役に立つ。それだけが私の喜びで幸せなことに変わりありません。

不思議なことに、私の涙の粒は悲しくなくても足元に落ちてくるのです。
それを拾う時の貴方はとても嬉しそうなので、自分の感情とは関係なしにポトリ、ぽとりと雨粒のように落としていったのです。
感情とはなんかのだろう。ふと、そんなことも思いましたが、それでも私は幸せでした。
それだけは、漠然と感じていてのです。

やっぱり調子に乗ってしまう私の涙は早々に枯れ果ててしまいました。
そうなってからは、すっかり貴方も私のもとへやって来てはくれなくなりました。
母君の姿も遠のき、私は日に日に力を失っていくのが分かりました。
徐々に地面と顔とが近づいていきます。
今ならまた、貴方に頭を撫でてもらうことも可能でしょう。
どうか、このチャンスに気付いてくださいな。

ほんの、わずかな時間でもいいから。
私が死に絶えるその前に。
どうか。どうか……!

そんな願いが叶ったのでしょうか。
ある風の冷たい日。
貴方は私のもとへやって来てくれました。
その手には、いつぞ、私を埋めた時に使った道具も。

「あ、お母さん。種、まだあった!」
「あら、取り残してたのかしらね」

貴方に再び触れられて、私はまたひとつ、枯れていく身体から、涙が落ちていくのを知ったのです。


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