本の虫

 ごくありふれた田舎の、一軒屋。
 庭付き平屋の夢のマイホームに住まう男が二人。
 所謂、ルームシェアというものらしいが、どんな繋がりなのかこの二人、性格はまるで反対だ。

 この家の家主でもある男は、家から出ることなど殆どなく、暇さえあれば本を読む。
 朝起きてから眠る直前まで、自室のソファから動かないことすらザラではない。

「ユウくん。飯、出来たけど?」
「んー」

 同居人が呼んだとて、返す返事は曖昧で。
 箸を持つより本を持つ。
 飯を食うより文字を読む。
 同居人が何度呼びかけても、生返事を返すことなんて茶飯事だ。

 反応のない家主に痺れを切らし、彼が乗り込んでくるのもまた、この家の日常。
 しかし今日はいつもと違う。
 所定の位置から決して動くことのない男が、今日は部屋の中をてきぱきと動きまわる。
 家の中でも一等日の当たらないこの部屋の、いつもの薄暗さはここにはない。
 カーテンも窓も開け放たれて、じめじめとした空間に爽やかな風が通る。
 
「……なにしてんの」
「今日、丑の日だから」
「は?」
「知らないの? 夏の丑の日に虫干しをするんだよ」

 虫干しという行為を知らない彼からすれば、家主の言動は奇怪な行動に変わりない。
 普段の行動からはまるで想像の出来ない様子に、珍しいこともあるもんだと感心していた。

「てかユウくん。そんなに機敏に動けたんだね」
「当たり前じゃん。お前、俺をなんだと思ってたの」
「ナマケモノ」
「ナマケモノはお前の方だろ、いい加減仕事見つけろよ」
「見つけましたぁ。明日からバイトですぅ」
「じゃあ、今まで貸した金はいつ返してくれるのかな?」
「……さ、飯にしようか。今日のお昼は冷やし中華ですよ」

 おっと、話が途中になった。この男。そう、同居人であるこの男。
 少々家事が出来る以外は何事も長続きしない男である。
 家主とは何の縁があったのか。
 時折金の無心に来ては姿を眩まし気まぐれに現れてはまた金を、と繰り返しているうちに、気が付けばこの家に居ついてしまった。
 取り柄と言えば酒に強いこととセックス。
 悪びれなく人から金を持っていく。その様はまさしくクズである。

 仕事の話になった途端、話を切り上げ去っていく。
 その様子からするに、きっと長続きするような職ではない。
 海岸のごみ拾い程度のものだろう。
 詳しくは話したがらない同居人の腕を、本しか持たぬ割にゴツイ手が掴む。

「いつからいねーの?」
「だから、明日」
「明日の、いつ」
「朝。夕方には帰るよ」
「……何のバイト」
「コンビニ」

 思っていた以上にまともな職務に家主も驚いたのだろう。
 言葉を詰まらせる様子に、同居人も眉間に皺を寄せる。

「……なに?」
「それって、コンビニみたいな気軽さでケツ貸すとかじゃなくて?」
「いや、普通に。近所の、山内さんとこの近くのとこ」
「あー……。万引き多いって聞くよね」
「ユウ君のチンコだったらコンビニ体勢で受け付けてるけどね」
「うるせぇよ、ビッチ。稼いだ金で買ってみろよ」
「ユウ君、いくら?」
「時価」

 家主の言葉に、彼の口元が歪む。
 赤く、艶めかしい舌がもぞり。蠢く。

「晩飯、ユウ君の好きなの作るから」
「それも俺の金だろ」
「……で、なに食べる?」

 普段はソファに根差した男の足が、忙しなく動く。
 同居人を引き連れ、リビングではなく隣の部屋へ。

「初めてなの、優しくしてね」
「うるせぇ」

 開け放たれた窓から風が入り込り、開かれた本の上をなぞっていく。
 そうそう、家主が熱心に広げていた本には彼が気にするようなものはついていない。
 彼がうっかり本棚の隙間に落としてしまった文庫の間にいるのだから。

 そんな家主が、最近夢中になっているものがある、ということはここの本たちはきっと知らないだろう。

 悪い虫は、いったいどこにいるのやら。


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