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 ちょっと飲みにいかない、と連絡を受けたのは残業を終えて帰る頃合い。
 田舎の早い終電に合わせて慌てて身支度を整えていたところだった。
 迎えに来てくれるんなら行ってやらないでもない。
 不遜な態度で承諾すると既読を付けた後に、かわいいスタンプを送って寄越す。了解、と。
 三十分もしないうちに会社の前に停まった青のコンパクトカー。
 最近買ったばかりのこいつを乗り回したくて仕方ないらしい兄は、頻繁に連絡を寄越しては連れまわす。

「お疲れ」
「おー、ただいま。なに、このまま飲みに行くの?」
「うん」
「車、どうすんだよ」
「大丈夫、ちょっと遠出するから」
「全然答えになってねぇんだけど?」

 俺はお前も飲むのか。
 飲みに行ったなら愛車はどうするのか。
 欲しい答えが返って来ないのはいつものこと。
 俺の周りはマイペースな奴らばかりだ。

「で、どこまで行くんだよ」
「ブドウの名産地」
「は!?」
「って言ったらやっぱり甲州。山梨だよな」
「おい」
「葵ちゃんがねぇ、ワインが飲みたいって今朝言っててさ。どうせなら一番美味しい物を飲ませてあげたいじゃん」
「だからって、なんで俺まで巻き込まれなくちゃならないんだよ」

 どうせアレだろ、最近まで見ていた朝ドラの影響なんだろ。
 お前らバカップルのくだらねぇやりとりに俺まで巻き込まれる必要はない。

「だって、運転代わって欲しいし」
「なんで葵誘わねえんだよ」
「そこは、ほら、サプライズだよ。それに仕事だって言ってたし」
「俺の都合は?」
「だってお前明日休みだろ?」
「……龍哉か」
「うん。お前んとこのかわい子ちゃんは大変素直で良いね」
「足りてねえんだろ。色々と」

 またまた、溺愛している癖に。
 恋人との近況を尋ねる兄の言葉を無視しながら、俺のプライベートをリークしやがった本人に連絡を入れる。
 今日は帰れそうにない。
 たった一文。
 間もなくして返ってきた文面にはお土産の要求だった。
 お前、帰ったらホントに覚えてろ。


 夜の国道を走る狭い車内の中で、男二人で甲府を目指す。
 運転席と助手席を行き来しながら高速を進む。
 先を行くトラックのテールランプが眩しい。
 液晶を睨み続けた目には刺激が強く、これ以上は無理だとサービスエリアでエンジンを切ったのは日付を超えて大分たってのこと。
 少し飲んで帰るつもりがとんでもない遠回りをさせられてしまった。
 巻き込んでくれた張本人は、助手席ですやすやと夢の中。
 その健やかな寝息を今すぐにでも止めてやりたかった。

「帰りてぇ……」

 閑散としたサービスエリアには人の気配もまばら。
 どいつもこいつも疲れた顔をしていた。
 それもそうだ、大抵の生き物は寝ている時間なのだ。
 少しずつ冬に近付く秋の夜は、冷え込む。
 自販機で買ったコーヒーが、唯一の温もり。
 人肌が恋しいと、滅多に思わぬことを呟きかけたのは多分頭も疲れているのだろう。
 だからといって身内と肩を並べて寝る気にもなれない。
 どうせ寝るなら家に帰って泥のように寝てやろう。
 この状況を作り出したあいつも巻き込んでやる。
 日がな一日抱き枕にしてやろう。そうやって人肌を補給するのだ。
 
 会社を出る時には真っ黒だった頭上。手元のコーヒーのように闇色だった空は、少しずつ青みを強くする。
 これを飲み終えたら出発するか、と車に戻る。外より格段に温かい車内。
 シートベルトに手を掛け、エンジンボタンに手をかける直前、助手席の塊が身じろいだ。

「あらあら、ショウ君てば、夜空を見ながら考え事なんてセンチメンタルね」
「お前、黙って寝てろよ」
「すっかり目が覚めちゃったから無理」
「じゃあ、代われ」
「まって、先に葵ちゃんにモーニングコールするから」
「何時だと思ってんだよ」
「朝の四時。もう少ししたら日の出かな」

 俺ならこの時間帯に電話が来たら確実に無視を決め込むな。
 案の定、電話の向こうからは「時間帯考えろバカ」と不機嫌な声が漏れ聞こえた。
 
「ねーもうちょう可愛い」
「わかったから早く運転しろ」

 ドアを開け、助手席から兄を引きずり落とし他人のぬくもりの残るシートを倒して横になる。

「まあまあ、ガチ寝の体勢じゃん」
「あとちょっとだからいいだろ」
「サチ、一人じゃ運転出来な〜い」
「ナビがいるだろ」
「えー」
「兄ちゃん、ちょっと黙ってて」
「仕方ないねぇ」

 寝ている時以外は本当にうるさい男だ。
 その割に車の性能を差し引いても静かな運転をするのだから腹立たしい。
 窮屈な車の中で、出来うる限り身体を伸ばして目を瞑る。
 フロントガラスの向こうは既に夜が削られ、月が白い。
 睡魔に身体を乗っ取られる頃には、紺色に染まっていることだろう。
 あの黒は、きっとコーヒーに溶けたのだろう。
 飲み込んだはずのカフェインがまるで効いていないのはそのせいだ。


 時刻は間もなく五時になる。
 山際から太陽が覗くのはもうすぐだ。
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