晩秋ナベ

ギリギリと締め付けるような寒さの中をいくら近所とはいえカーディガン一枚羽織って出掛けた自分の軽率さを恨む。
頼まれたポン酢。瓶一本をエコバッグに入れて体を小さくしながら明かりの点いた自宅を目指す。
鉄骨剥き出しの武骨な階段を駆け上がる。
「うー、ただいまぁ」
「おかえり。悪かったな、帰ってくるなりおつかい頼んで」
この寒さから逃げ出したい一心で駆け込んだ我が家は、俺にとって最高の幸せ空間だった。
間もなく夕飯時。暖房と調理中、待ってる人の暖かさが嬉しい。
焦げ目のついたココット皿。出掛ける前の姿を知っているから、その中に大きめに切られたカブがごろんと入っているのを知っている。
「いいよ、別に。出来た?」
「ん。あとちょっと。手洗ってそっちで待ってろ」
「手伝うことは?」
「ガスコンロ、出しといて」
「りょーかい!」
かつら剥きした大根と豚肉を丁寧に敷き詰める作業に忙しいヒロエさんは、その手を止めてちゃんと俺の目を見て告げる。以前はよく注意されていたけど。最近になってようやく慣れてきたことのひとつだ。
テーブルの半分を占領してしまうガスコンロ。
ガス缶を替えたばかりなのもあって動作を確認はなんの問題もないご様子。
ついでに配膳までやってしまえばヒロエさんは「悪いな」と「ありがとう」を同時にくれる。
そのあとにチューとかしてくれたら俺はもっと喜ぶんだけど。調理に夢中なヒロエさんは気付いてくれない。包丁を持ってると思うと自分からアピールしにいけない俺も相当なへたれだけど。

本日の晩御飯はチーズがたっぷり乗っかったカブのミニグラタン。エリンギのおろし和え。炊きたてのご飯に、味噌汁はシンプルにワカメだけ。
そしてメインは鍋。
冬に相応しく、大根と豚肉のミルフィーユの鍋! 俺のおつかい、ポン酢の買い出しがここで効いてくる。
「ホントは白菜が良かったんだけどな……」
「俺は別に気にしないけど? 大根好きだし」
「と、言うより葉もの野菜嫌いだよな」
「あれ、バレてた?」
「そりゃあ、な」
そのあとに続くのは、彼氏だから? 一緒に暮らしてるから?
追求しようとしたけど、ちょっと、照れくさそうに俯く一瞬が可愛くて、こっちの方がむずむずしてしまう。それは反則ですよ、ヒロエさん!

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