星屑ベイビー

 墨をしみこませたような曇天のカーテン。
 楽しみにしていたというのに、本当に残念だとため息をつく。
 今日は星見に出かけようかと予定を立てていたのに。まったくもって残念だ。
 せっかく早起きして一緒にお弁当も作ったのに、せっかくの努力も無駄に。
 男二人で星を見る、というのも何とも寒い話だけど、滅多にできないデートを楽しみにしていたのだ。俺は。
 それなのにも関わらず、どの局も今日は一日中晴れることはないと無情なことをいう。
 何年に一度かの流星群も今日は見れそうにない。本当に、本当に残念だ。
 だけどヒロエさんは特にどうという素振りも見せず、今日の夕飯の支度をはじめていた。
「……今日は何?」
「ん。 素麺」
「珍しいね」
「んー、たまにはな」
 晩御飯にはちょっと硬めに炊いた白米にこだわっているのに。
 夜に麺類が出てくるのはヒロエさんが仕事で遅くなったときか、年末くらいのものだ。
「マヤ、シシトウ解凍しとけ」
「ん〜」
 庭先で育て、収穫した野菜の一部は未だに冷凍庫の中にいる。
 保冷パックの中で身を寄せ合って凍りついたそれらを力づくで引き剥がす。
「何個必要なの?」
「適当。数本でいいから、残りはしまっとけ」
「はーい」
 ちょうど砕いたものの中に三本繋がっていたものがあったので、それを小皿に取り出してストーブの前におく。残りはしっかり口を閉じてまた氷点下行き。
 急ぎで使うつもりはないらしいからじわじわと氷が解けていくのを待つ。
 ついでに冷蔵庫から背の高いビールを取り出してプルトップを引いて手渡すと、我が家のキッチンドランカーは「わかってるじゃねえか」と、ちょうど水で戻して絞っていたワカメをくれた。……嬉しくない。
 狭い調理台の前に男二人並ぶのは窮屈だ。
 特に手伝えることもなかったので生活スペースへ移動するとつけっぱなしだったテレビには地球の映像と無数に広がる星。今日が流星群だというから、その特集なのかもしれない。
「そういやあさあ」
 開け広げたままのキッチンへ続く扉の奥で、ヒロエさんが呟く声が聞こえる。
「銀河系と脳の細胞の話ってしたっけ?」
「なにそれ、聞いたことない」
「まあ、俺だってネットで見ただけなんだけどな」
 ヒロエさんの知識は大抵自分で見聞きしたことだ。
 割と人を信じやすい人だから時々誤った情報を俺に伝えて訂正されると、顔を真っ赤にしながら憤慨する。そのあとに「ああ、恥いた。でも良いこと知った」と笑うのだ。
 気難しそうな見た目に反して、結構柔軟な性格なのだ。
「脳の神経細胞の画像と宇宙の画像が似てるんだと。だから、脳は小さな宇宙って誰かが言ってたな」
「へえ」
「なんでも画像以外にも細胞の数やら星の数なんかも大体一緒らしくて」
 だいたい千億、と気軽に言ってのけるけど、そんなの検討もつかない数だ。
 米粒何キロ分、と言ってくれた方がまだ分かる。
 大学の教授よりも小難しい話をさらに展開させていく。
 興味を引いたらとことん調べたい人だから、その時も熱心に調べたりしたのだろう。
「つまり、死んだら俺たちは脳細胞になるってこと?」
「……なんか随分と飛躍したね、お前」
「よく言うじゃん。死んだらお星さまになるって」
「ああ、言ったねえ。まあ、間違いじゃあない気もするけど」
 死んだら土に還る。土になれば完全にこの惑星の一部になる。
 星は上にあるだけじゃない。この足の裏に触れている大地も、この宇宙を構成する細胞の一つなのだから。
 人は死んだら星になる。
 俺がまだ小学校に上がる前に、叔父さんがなくなった。
 その時、父はまだ幼い俺にそんな優しい言葉をくれたけど、それは嘘ではなくてあながち間違いではなかったようだ。
「じゃあ、流れ星も人かあ」
「ああ。あれって正確には彗星が撒き散らしたゴミらしいから、そんなロマンチックなものではないみたいだぞ」
「……なんかそれ聞いてちょっとがっかり」
 ゴミにお願いしても叶えてくれる見込みは少ない。
 まあ、星にお願いするくらいなら俺はヒロエさんに相談するなりして打開策を見つける派だから構わないけど。
「地球も宇宙もゴミのポイ捨てはやめましょうってことだろ」
「なにそれ、広告みたい」
 変なの、と笑うとヒロエさんは「今度応募してみる」と沸騰した鍋に素麺を突っ込んだ。


 

 本日の献立は、本来なら屋外で食べるはずだったお弁当。
 から揚げに卵焼き、サクラエビご飯のおにぎりといった簡単なものに、海藻サラダの生姜和え。
 それからあったかい素麺。
 だし汁の奥で繭のような麺の上を、たくさんのお星さまが浮いていた。
 薄く切られたなると、星形の人参、それからシシトウ。
「……ヒロエさん、ロマンチストすぎるよ!」
「うるせえ、お前が落ち込むからだろ」
「いや、それにしたってやること可愛すぎるでしょう! 大好き!」
「ありがとよ」
 いいから食え、と促されて自分専用の箸を取った。
 窓の外は、相変わらずどんよりとした曇り空だったが、今日の食卓は満天の星空だった。


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