故人のエビ

 生前葬なるものがあると愛読していたマンガで知った。
 面白い観点で物を見る人だと感じていたので、その様子を綴ったものをじっくりと読んだことがある。
 はてさてそんな経緯で知った、自分自身が取り仕切るお別れ会。
 そのことを最近つるむ高校生に漏らしたところ、しばらく黙り込んで考える、彼。
 この先なにがあるのか分からない。
 出来ることなら早めに済ませておいた方が良いのでは。
 そんな言葉を返した。
 
 相模マヤ。
 今年で十八歳になるという彼が死に際のことを考えるには、些か早いような気もする。

「ずいぶんと先を急ぐな」
「だって、いつなにがあるか分からないから。やっておくべきかと思って」
「そういうけど、お前、呼ぶような友だちいんの?」
「……数えるくらいは」

 友だち、少ないもんな。
 喉元まで出た言葉は飲み込んで、衣に浸したエビを油の中に投入する。
 一度沈んだ海の幸。
 こいつらにとって、これは地獄の釜にも等しいだろう。
 からっとキツネ色に変わったこいつらを食う俺たちはきっと鬼。

「あんまり生き急ぐと長生きしねえぞ」
「別にそこまで長生きする気もないんだけど」

 面倒臭いとのたまうマヤ。
 なんでそんなにつまらなそうなのだと、問うてみたい。
 が、見た目も中身も気難しいという彼が手元から去っていくのは嫌だ。
 せっかく手懐けたのだ。
 やっと、やっと自分の出した飯に箸をつけてくれるようになったのだから。

「エビフライ、一本減」
「なんで!」
「最低限のラインで生きれる本数で」
「やだよ、五本くらい食べたいよ」
「ネガティブなこと言う奴には食わせません」
「ケチ! ヒロエさんのケチ!」
「おー、何とでも言え」

 俺がバイトして稼いだ金だ。
 そこからこのエビは来てんだからな。
 
 飯食ってるところを捕えられて冷凍させられて。
 皮を剥かれて着せ替えれて。挙句カラッと揚げられたんだ。
 こいつらだって元気に生きるやつらの血肉になりたいはずだろうに。

 油の中から浮いてきたエビを皿に掬って、新たな贄を投入する。
 勢いがつきすぎたせいか、油が跳ねて腕に落ちた。

「あち」
「はは、俺に意地悪するからだよ」
「……エビ、なし」
「やだ! ごめんなさい、やっぱ今のなし!」
「あぶねえ! わかった、わかったからやめろ」

 油を前にしている人間の肩を揺らす。
 おそろしいやつだ。

 今までの言葉を撤回すれば、飯にありつける確約を得た少年は鼻歌交じりに離れていく。
 くそ。少し、惜しいことをした。

 ソファの端っこで体操座り。
 課題を膝の上に乗せ、小さくなって文字を書く。
 すっかりお馴染みとなった光景だが、その様子になんとも言えない気分になる。

「ヒロエさん、やっぱりさ、考えてみてよ」
「なにを」
「大々的に葬式するだろ? そん時に身体の中からセックスの跡が出てきたらどうするの? 色んな意味で終わっちゃってるよ? どうする?」

 どうするって、お前の頭の方がどうした。
 ゲイである俺を本気で心配しているようだが、生憎尻を使う予定は今のところない。
 お前が心配するようなことはなにもない。

「……マヤ、セロリ増量」
「げー! ヒロエさんの鬼!」
「なんとでも言え」

 エビにとっちゃ俺もお前も同じ鬼だ。
 


 白米、ワカメの味噌汁。ほうれん草の胡麻和えにセロリの甘味噌炒め。エビフライにはタルタルソース。
 
「美味い!」

 鬼の片割れは喜んでエビを喰らい、俺の獲物まで奪っていった。
 滅多に見れない笑顔と共に。
 改めて、こいつの胃袋を掴んでいてよかったと痛感した。


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