◎ 1
氷帝での出来事の翌日。朝普通に登校してきた御杞は窓架に詰め寄られていた。
それはきっと頬に張られた絆創膏のせいだろう。
「ちょっ、どうしたの御杞、その怪我」
「ドジやって転んだだけですよ。」
「転んだって、そんな訳。」
「転んだだけです。」
それ以上は言わないというように、ぴしゃりと言えば窓架は納得しないながらも引き下がる。
でも幸村も気になり珍しく教室へと来た滝亜が目に止まり話しかけようとしたが、
出来なかった。
滝亜も、御杞と同じように怪我をしていた。
頬に絆創膏を貼り、手に包帯を巻いていた。
「滝亜っ、てアンタも!?一体二人共どうしたの、」
「俺は喧嘩に巻き込まれただけだ。」
そう言って席につき突っ伏す滝亜。御杞も目をプリントに落としていて何も聞ける空気ではない。
その日の3−Cの空気は重かった。
御杞と滝亜の怪我はその日の内に誰もが知る事となった。
まあ色んな意味で目立ってしまう二人だから仕方ないのだが、
知られて困るのは御杞達だった。
転んだと言ったが実際は違う。
人ならざるモノに付けられた傷。あの女によって。
「はぁ、」
放課後、生徒会室で御杞は重いため息をついた。
噂にはなってしまうだろうとは思っていたが、まさか一日で全校生徒に広まるとは全く思っていなかった。
変に探りを入れられては困るのだが、怪我をしているのは事実。
隠し用がない、得に顔の傷なんかは。
「腕だけならどうにかなったんですけどね。」
絆創膏に触りながら御杞は呟いた。
携帯を取りだし、電話帳からある人物の名前を探し通話ボタンを押そうとしたが、
なにもせずに携帯を閉じた。
巻き込みたくないと思っていながら、自分の事をよく知るから話を聞いてほしいと思ってしまう。
もう彼にあんな思いをさせたくないし、巻き込みたくないというのに。
携帯をポケットに入れプリントに目を通し始めようとした時、
ドアが開いて滝亜が入ってきた。
その手には携帯。長太郎と話していたのだろうと想像がついた。
「氷帝の様子はでどうでした?」
「変わった様子はねぇってよ。いつもと変わらないらしい。」
「そう、ですか。」
いつもなら安心した表情を浮かべる御杞なのに、今日は違った。
不安が残る、残っている顔。その不安はあの気配の事。
急に現れ気配だけを漂わせていたのにいつの間にか形を成すまでになり、
女を飲み込んだあの気配。
「……アレは一体なんだったんだろうな。」
「ええ。立海と青学で感じた気配と同じ。
よからぬ気配。」
放っておけば人に害をなすであろう気配。
祓わなければならないモノを逃がしてしまったのだ。
自然と静かになる二人。御杞はため息をつくと、プリントを出した。
それは古い新聞記事のコピーのようで何とか読み始め滝亜は気づく。
これはあの女の事件の事だと。
「会長。あの赤い女の事、書かれてねぇじゃねぇか。」
「そうなんです。記憶を頼りに調べてみたんですが、どこにも女の名前が書かれていないんです。」
まるで、誰かに消されたかのようにと。険しい表情を浮かべた。
滝亜は再び新聞記事を見る。
何度見返しても女の名前はない、あるのは三人家族が殺されたということだけ。
でもそれよりも滝亜が気になったのは一つ。
「女を殺した男の事件は?」
不審死を遂げたのだから記事になってもおかしくない。
そして御杞なら必ずその手の記事も探すのに、それがない。
なにか、可笑しい。そう思った。
それは御杞も同じようで、
ややあって答えた。
「それが、見つからないんです。男の事件の記事が。」
「……は?見つからない?」
「男が死んだ場所も、死んだ日にちもわかっているのに、記事がないんです。」
馬鹿なと滝亜は呟いた。
どんな小さな事件でも記事にはなるはずだ。でも、それがないということは。
「赤い女を嵌めた、男の婚約者の女の親がもみ消した、と考えましたが。
女の親は男が死ぬ一年前に病気で死んでいるんです。
それから女の家はみるみる衰退して、男の事件のときには権力なんてなかったんです。
だからもみ消す、ということはありえない。」
わけがわからなくなってきた。
女に権力はないから事件をもみ消すことはできない。
でも、御杞があの時持ってきたプリントにはちゃんと書かれていた。
だから事件はあったはずなのだ。それなのに記事になっていない。
滝亜は混乱する頭を掻いた。
「一体、どういうことなんだ」
「それがわかれば苦労はしないんですけどね。」
再び静寂。二人とも困惑した表情を浮かべていた。
不穏な気配、掴めない気配。
今までにないほど、嫌な予感がする。
「……しばらくは気を抜かない方がいいですね。」
「ああ。一応長太郎にも言っておく。」
携帯を持って出ていく滝亜。
御杞は重いため息をつき窓から空を見上げた。
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