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静かになったコート。もはや誰も騒ぐ事はなく、
ただ漆世の行動に目が向けられていた。
それは次の跡部も同じようで―――。
「………」
「……景吾くん。」
「安心しろ。負けねぇよ。」
声をかけて来た愛里の頭を撫で、跡部はコートに入る。
そして、漆世ベンチにいる遊埋に目を向ける。
その遊埋は淡々と準備していた。
遊埋も紅陽も何も話さない。しかしジャージを脱ぎながら口を開いた。
「紅陽、一つ聞いてもいいかい?」
「何?」
「君は覚えているかい?俺達の、持つ元が出た時の事を。
あの、7年前の事を。」
「……覚えてない。」
その問いを紅陽は不思議に思う事なく答え、遊埋はその答えにククッ、と笑った。
笑って、
「覚えてないならいい。覚えていなくてよかった。」
一体遊埋が何を聞きたかったのか、紅陽の側にいた樹多は意味がわからなかったのか首を傾げ、
どういう事か紅陽に聞いていた。でも紅陽は教えずにいた。
教えず、遊埋に言った。
「遊埋。」
「なんだい?」
「勝ちを私にチョウダイ?」
珍しく、笑みを浮かべて。遊埋にそう言った紅陽。
そのお願いに遊埋は一瞬だけ驚き、すぐに不敵な笑みを浮かべていった。
「久しぶりの紅陽のおねだりだ。それに、あの忌々しい二人の顔を歪ませたいからね。
粗方奪ってやるつもりさ。」
コートに入り、遊埋は跡部と向き合った。
そして跡部は気づく、遊埋から感じるモノに。
明確な感じた事のない向けられたことのない敵意。
「こうして会うのは一体何年ぶりやら。なあ、跡部景吾。」
「なんだと?」
会うのは何年ぶり?自分は前に真鴈遊埋に会ったと、そういう事なのだろうが、覚えていなかった。
それに感づいたのか遊埋が続ける。
「覚えてなくて結構。俺もつい昨日思い出したからな。
まあ、あの忌々しい出来事を忘れる事はなかったが。」
僅かに顔を歪める遊埋。それは本当に嫌な事を思い出したという表情。
跡部は遊埋のいう忌々しい出来事は全く自分に関係のない事だと決め、口を開く。
「それで、その忌々しい出来事やらとが俺様とどう関係があるんだ?」
それを聞いて、遊埋の表情が変わる。
驚き、というよりはあり得ないという顔をして。
そして軽蔑の表情を浮かべる。
「気に入らない、あの赤目の餓鬼以上に。お前とお前の幼馴染みが仕出かした事を忘れているとは。
まあ、俺達と会って初めてと思ったようだったから予想はしていたが。」
そこで区切って、遊埋は、
「気にくわない。お前も琴梨愛里も。」
跡部と愛里への嫌悪を、敵意を隠す事なく気にくわないと言い捨てる。
別に遊埋の表情に驚いた訳ではない。でも、愛里の名が出てきた事に跡部は驚いた。
「愛里?愛里が関係しているのか!?」
まさかここで愛里の名前が出てくると思っていなかったのか、驚愕の声をあげ、詰め寄ろうとする跡部。
だが遊埋はその手を払い言った。
「それは琴梨愛里本人に聞くべきだ。忌々しいあの女に。
もっとも、覚えていたらの話だがな。」
踵を返す遊埋。跡部は声をかけるが遊埋が答える事はなかった。