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――休憩中のある水飲み場で――
大川憲は一人重いため息をついた。
彼等を紅陽達の元へ案内してはいけなかったのではないかと後悔していた。休憩に入り声をかけてきた参加校の部長達。
予想はしていたけれど早い気がした。
確かに紅陽達の態度は問題がある。でもそれは仕方ないのだ。
彼女達が置かれている環境を考えれば。
それを他校の人間に理解しろとは言えないけれど。
「申し訳ない事をした。」
マネージャーである華弥と同じように自分も紅陽に対して敬愛の情を抱いている。だからこそ余計な事をしたくない。
そう思っても結局は厄介事を持ち込む者を紅陽の元に案内してしまった事に変わりはない。
「………」
「大川さん。そう気にしない方がよろしいですよ。」
「有隙。」
振り向けば華弥がその手にドリンクを持って立っていた。
それを受け取り喉を潤す。一息ついて、
「それで、他校の様子はどうでした?」
「他は練習。部長達はオーダーを決めている様子だった。」
「そうですか。」
本気であると知り華弥はため息をつく。大川は困った様子で言った。
「彼等が部長達の所に行きたいと言った時点で疑うべきだった。
後悔しても仕方ないが。」
「ええ。でも、紅陽先輩達はやる気のようです。
あの方達は彼等を――かもしれません。」
「……だろう。俺はもう、祈るしかできない。
奴等が壊れない事を。」
「無駄かもしれませんけどね。
紅陽先輩達の行動をどうにかしようとするなどという烏滸がましい事をしとうとしている彼等には」
忌々しいと表情を変え呟く華弥。それは普段マネージャーとして見せる顔ではなかった。
紅陽に心酔する有隙華弥としての顔。
この学園において最も異端で異質でありながらも
紅陽が意識せずにだしているカリスマ性に引き付けられている一人。
まあそれは自分も同じなのだがと大川は思った。
「嫌いか?」
「ええ。喋るだけで虫酸が走るほどに嫌いです。
特に、」
「あの青学マネージャー。」
「以前にパーティーでお会いした事はあります。
でも、その時から駄目でした。
理由はわかりません。けど、もう無理です。」
大川はここまで嫌われるのも珍しいと思った。
華弥は確かに人の好き嫌いは激しいがそれを出す事はない。
嫌いな人物でもちゃんと対応するし悪口も言わない。
そんな華弥が嫌いと宣言したのだ。でもそれはなんとなくだが大川は理解できた。
青学マネージャー、琴梨愛里は意識せずに自分は正しい事をしている、
間違ってはいないという言動をしている。
だってそれは自分も思っている事、
違うのは愛里に対してではなくレギュラー達に対してという点だけ。
あとは大差ない。
「部長達は本気を出す、という事は全く考えていないだろうな」
「ええ。試合の映像を見ましたが、あの程度でレギュラーに、特に紅陽先輩と遊埋先輩に勝とうなどと思う事自体が間違いです。」
「しかし彼等は全国区の選手では?」
「世間的にはそうでしょう。でもここはどこです?」
その質問に大川は黙る。そうここは世間とは違う。
外の実力などここでは無意味。
特に、レギュラーの、前では。
「ここは違う。そして紅陽先輩達は最も畏怖すべき存在。
そんな紅陽先輩達に喧嘩を売って、無事に終わるはずはありません。」
「そう、だな。」
大川は反論する事をやめた。華弥の言う通りなのだ。
彼等はある意味最悪の選択をした。
でもそれは彼等が望んで自らやったこと。自分達には関係ないのだ。
「……どうなるか、結果が恐ろしいが楽しみだ。」
「ええ、そうですね。」
会話を終え、去っていく華弥。大川は飲み終えたドリンクボトルを洗い、それを持ってコートに戻って行った。