月見守るなかで | ナノ




月見守るなかで


深夜、総司は一人自室の前の縁側に腰掛け酒を愉しんでいた。

明日は非番。前日に酒を嗜んだところで隊務に影響はない。
もともと酒に強い訳でもないし、端から酔うほど飲むつもりはなく、先程からちびちびと酒を口に含む。


「……、」


夜風に当たりながら束の間の休息を楽しむ総司の耳に届く、隠し切れていない足音。
それに続き総司の鼓膜を叩いたのは小鳥の囀りのような小さな可愛らしい声音だった。


「沖田さん?」

「こんばんは、千鶴ちゃん」


相手も見ず放った言の葉に律儀にも「こんばんは」と返答があり総司は微細に口端を上げる。


「こんな時間に、どうしたのですか?」

「ちょっと、ね」


恐る恐るといった風な問いに総司は曖昧に答えを返す。
「そうですか」と言って深く追及しない辺りが彼女らしい。


「君こそどうしたの?」

「喉が乾いたので、水を頂きに。今はその帰りです」

「そう」


答えを曖昧に返した自分とは違い、何の躊躇いなく詳しく答える千鶴に総司は少しばかり居心地が悪くなる。
総司は一瞬眉根を寄せ、部屋に戻っていいのか分からず周りを見回す千鶴に言の葉を投げた。


「月が綺麗だから」

「、え?」

「今晩は月が綺麗だから、月を肴に酒を愉しむのもいいかなって思ったんだ。こんな答えじゃ不満?」

「あ、いえ!そんなことありません!」


悪戯っ子のような笑みを向けると、千鶴は首を横に振った。
そして、その首を空に向ける。おそらく月をその瞳に写しているのだろう。


「本当。綺麗な月」


月を仰ぎ見ながら頬を緩ませる千鶴の横顔に総司の心臓は微かに一度だけ音を高鳴らせた。


「(……、…酒に酔ったかな)」


……間違いない。きっとそうだ。
酔うほど飲んだ自覚は総司にはなかったが、頬に集まる熱に説明をつけるならそれしか理由が思い浮かばない。
千鶴から顔を背けお猪口の中の酒を飲み干すと、何を言おうとしたのか、微かに口を開いた千鶴だが、結局声をあげることなく口を閉じた。
それを横目で見やり、総司は腰を上げた。


「部屋まで送るよ」


千鶴に返答する暇さえ与えず、銚子とお猪口はその場に置いたまま総司は怠惰な足取りで歩き出す。
「あのっ……」と言い出すものの最後まで言わずに途中で言の葉を切った千鶴は、その後は黙って総司の後をついていく。
一人で戻れると言いたいのだろう。だが、総司が聞く耳を持たないと分かり大人しく従ったいるのだろう。
総司は千鶴に聞こえないような小さなため息を吐き、口を開いた。


「もう夜中だよ。一人で出歩かれて何かあったらどうするの」


お説教するような口調に千鶴から謝罪の言の葉が漏れる。
「別に怒ってないよ」と言うと、何故か「ありがとうございます」とお礼を言われた。
足を止め振り返ると、千鶴は微かに笑みを浮かべている。


「何のお礼?」

「部屋まで送ってくださったので」


その答えに総司はいつの間にか千鶴の自室の前に着いていたことに気づく。
いつの間に。と思案するもすぐに中断する。
再び、今度は頭を下げながら千鶴がお礼を言った為だ。


「お礼はもういいよ」


そう言って総司が苦笑してみせると、千鶴も苦笑を返してみせた。


「沖田さん」

「なに?」

「おやすみなさい」


夜中だからと気を遣ってか先程から小さな声で話す千鶴の声は優しく総司の鼓膜に浸透していく。
心地よいとさえ感じてしまうその声音に再び総司の頬に赤が走る。


「うん。おやすみ」


素っ気ない振りで返し、総司は踵を返し歩き出す。
いまだ背中に感じる視線を払うよいに角を曲がり、数歩進んだところで足を止め口元に手を当てた。


「……酒のせい、だよね」


独り言は総司以外の誰の耳に届くわけでもなく消え去った。

――頬に感じる仄かな熱。
酒を飲んだ時とは少し違うその熱に総司は参ったな、と苦笑を零した。




(2013.07.05)


星は隠れ、月だけが見守る静かな夜。
千鶴は月を仰ぎながら、いまだ高鳴る心の臓に頬を赤らめていた。


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