四季 | ナノ







翁面のお迎え

「……姫」




低く愛おしそうに囁く男の声が聞こえてくる


大きく開いた窓とその声に驚いた白椿はそちらの方に向くと
風で揺れるカーテンの影に人影が見える



白椿はゆっくりと窓の方に近づきカーテンの向こうの人影を確かめようとする






「……会いたかった…」



その人影は白椿の方に手を伸ばしてくる
そうすると風の流れが変わったのかカーテンが大きく開く

そこには黒い狩衣の翁面が窓枠にしゃがんでいる

砂金暗殺の時にいた翁面だ



白椿はその翁面に近づき興味本位で伸ばされた手に触れる
あたたかく、大きなその手は白椿の指先を、これまた愛おしそうに撫でる

翁面の方からは柔らかく花のような香りが漂ってきた



「……あたしは白椿だけど。誰と勘違いしてるの?」



白椿は窓枠にしゃがむ翁面の膝に手を置いて、撫でられている指を翁面の指に絡ませる



「……勘違いなどしていない」



翁面はそういうと白椿の首筋に手を回し顔を近づける
意外にもその力が強く白椿はよろめく













「おい」






かなり怒りのこもった声が聞こえた、と思った瞬間
白椿は喉元に日本刀を突きつけられ翁面に人質にされる

白椿の目の前には突風によって巻き上がるカーテンがあり
その隙間にかなりの怒りの表情を浮かべている漆原が刀に手をかけている





「……離せ、早く」





もう今にも暴走しそうな漆原はものすごい勢いで翁面を睨みつけている


すると、突風がいきなり止み、カーテンが漆原と白椿たちの間を隔てる

ひらひらとカーテンの揺れがおさまっていく中
翁面が白椿の目を腕で覆い、自分の面を少し上にずらした

面をずらした隙間から唇を舐める舌がチラつく






嫌な予感しかしない




「美しい…あの時と変わっておらん……」



翁面はそう呟きながら白椿の首に突きつけている日本刀に少し力を込める
ゆっくりと日本刀が白椿の首に食い込んでいく



「……っ…」



漆原は悔しいが、カーテン越しに影になって見える二人の様子をただ眺めることしかできない

すると白椿の顎を日本刀で上に向かせた翁面は白椿の唇をついばむようにキスを繰り返しはじめた





「…んっ……んんっ…」





白椿の抵抗している声が小さくではあるが漆原の耳に届く
白椿は日本刀を突きつけられているにもかかわらず、その翁面に抵抗している

そして何より、カーテン越しではあるが深いキスをされているのが丸わかり



(……殺す…)



漆原の怒りが頂点に達したとき…






「……はあっ!!…うぅっ…」






突然苦しみだした翁面は自分の胸を抑えながら窓の外に落ちていく
その際に暴れた白椿は首に大きな切り傷を負った



全速力で白椿の元に向かった漆原は白椿を支えながら窓の下を覗き込む



どこにも翁面の姿がない



そのことを確認した直後再び突風が吹き始める
急いで窓とカーテンを閉めて白椿の様子を確認する



「危なかった…」



白椿は漆原の支える腕の中で自分の首を押さえている
その首からは血が流れている
動揺からまだ妖術では治せていない様子だ

しかし漆原は首を押さえる白椿の手の上から自分の手を添えながらも、白椿の唇に目がいってしまう



白椿の唇は少してらてらと濡れていて、ほんの少し血が混じっている
抵抗して翁面の口を噛んだのだろう…と漆原は考える



漆原が見ている、と気づいた白椿は思わず自分の唇を舐め顔をそらした



漆原はその動作を見て驚愕の表情を見せる



「……何で…」



漆原がそう呟いた瞬間、部屋のドアがバーン!と開かれて黒塚が現れる



「大丈夫ですか!?って、うわぁっ…」



ピッチャーが粉々になっているのと、漆原に支えられている白椿の状況を見て黒塚はあたふたとしている



「大丈夫よ」



白椿はそう言って微笑みピッチャーに目線をやる




(粉々になったピッチャーは私がやったんだが)




というのが本音の白椿






黒塚は少しあたりを見渡した時一瞬鼻を触り鋭い目つきをした

白椿も漆原もそれには気づいていない



「すごいガラスの割れる音がしたと兵士から連絡を受けてきたんですけど、何があったんですか!」



黒塚は白椿達の立つ窓際に走り寄っていく



「『般若』の翁面が奇襲かけてきました。まだ出雲のどこかにいるかも知れません。至急兵を」



漆原の報告を受けた黒塚は今までのあたふたとした表情から一変し
信じられない…といったような表情で目を見開き眉間にしわを寄せ、歯をギリッと喰いしばった

その表情には『信じられない』といった感情の他に『憤怒』が感じられる




「…すぐに」




白椿のケガの具合を直視してしまった黒塚は自分のハンカチを漆原に託し部屋を出て行こうとする
その黒塚に落ち着くように言った白椿
彼女に何でそこまで余裕があるのか不思議でならない



白椿と漆原に一礼した後、バタンとドアを閉めた黒塚は早足に廊下を歩いて行く

焦りな黒塚だが、この事態を何とかしようと一生懸命なのが伝わってくるいい青年だ



そんな黒塚は廊下を歩きながらだんだんとうつむき始め、足を速める



…何やらぶつぶつと呟いている












「何で来たんだ何で来たんだ何で来たんだっ!!約束したのに!!……チッ……クッソ……」












そう呟く黒塚の顔は醜くくしゃくしゃに歪んでいた













焦りな黒塚だが、この事態を何とかしようと一生懸命なのが伝わってくるいい青年だ




裏表があるのを除けば、の、話だが


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