四季 | ナノ







失言


「どこまで大冒険しに行ってきたんですか?」



先ほど部屋を出たときと同じ所で漆原が腕を組みながら声をかけてくる
完全に不機嫌




「バルコニーまで行ってきた。改めてみたらすごい広いわね」



白椿は不機嫌な漆原なんて慣れているんでしょうか、再び大きな鏡の前に立って身なりを見始めた



「そうですね。迷いませんでした?」
「なんとかね。でも途中で忍者に会ったわ」



突然そんなことを言い始めた白椿に「何言ってんだコイツ」みたいな顔をして漆原は立ち上がる



「『思った以上に小さくて美人な藩主でござるな!!素敵でござる〜』って言われた」
「………それは東条の荒峰藩の藩主ではないですか?」
「???」



白椿は思わず漆原を見つめる


東条の…?荒峰藩…藩主?
あの豆みたいな青年が?






「あれが!?!?!?!?」



白椿は思わず漆原の肩を掴み揺する



「はい。確か最年少ではなかったでしょうか」
「嘘…じゃあ真っ白な車で来た真っ白な着物の奴も…」
「それは西条の隣藩の十八神藩の藩主の姫芙蓉だと」
「うわぁ……その姫とやらの執事に思いっきり睨まれたんだが…」
「あの人は誰にでもそんな感じですから大丈夫です」
「……はぁ…」



白椿は思わずため息をつく





癖が強い





まだ二人しか見ていないが癖が強い

(他の藩主もこんな感じで癖が強かったらあたし多分気絶する)



そんな白椿の雰囲気を読み取った漆原は白椿の肩に手を置く
こういう時にフォローするのが執事のおしごt……





「白椿様も癖強いじゃないですか。大丈夫、たぶん中和されます」
「何が」





白椿はもうなんか考えるのを諦めて鏡に向かう

その横には足の長いテーブルがあり、綺麗な桜柄のピッチャーとおそろいのグラスが置かれている
そのグラスみ水を注ぎ、ゆっくりと水を飲んでいる白椿



そんな様子を見ていた漆原は、最初の白椿自体の違和感の原因を突き止めた



「白椿様」
「なあに」



漆原は白椿の左斜め後ろに立つ
そして横から顔を覗き込む

そして手を伸ばし、絶え間なく動く白椿の髪をとかす手の動きを止めさせる




「もしかして緊張しらっしゃいますか?」




そう問われた白椿は漆原と目を合わせる



「……そう見える?」



白椿はそういうと漆原と正面に向き合う
決して怒っているような表情ではない



「…少しだけ」
「そう……でもそれは見当違いよ漆原さん」
「?」



そう言った白椿はにやりと笑い見上げる





「藩主会議が楽しみでしょうがないし、唯一の女なんだからやっぱり髪の毛とか気にするでしょう?」





白椿の顔にはいたずらを思いついたときの子供のような表情が見える
その表情を見て漆原は後悔した

こんな白椿が緊張するわけがないのだ
むしろ楽しんでいる



「…心配して損しました」
「あんたねぇ」



白椿はそんなことを真顔で言う漆原に呆れソファーに腰かける



「なんでそんなに余裕なんですか?」
「余裕?いつも通りだけど?」
「普通は緊張するでしょう。唯一の女藩主でもある。さらには何千年と行われてこなかった藩主会議に出席するんですよ?……ちょっと待ってください、ちゃんと自覚ありますか?」



逆に漆原が混乱してきている

白椿が大きな鏡の前で何度も身なりを整えていたのは落ちつかないからではなくただ単に身なりを気にしていただけ
『緊張する』なんてのはみじんも頭の中になかったのだ
…恐るべし白椿



「ないわけない。ちゃんと考えてるけど?」



何か文句でもあるなら言えばいいだろう?
白椿の言葉にはそういう意味も含まれているようで
白椿は漆原を微笑で見つめている





「…………」





漆原が緊張しているのかもしれない
いや、たぶん緊張している

むしろ緊張しない白椿の方がおかしい

主である白椿を守らねばならないし、他の藩主の情報もほんの少しでいいから引き出さねばならない
しかし執事という身分の自分が話しかけられるわけがないのですべては白椿にかかっている



少しカチンと来てしまった漆原
執事としては失格だが人…妖怪としてはしょうがないこと…


日々のストレスもあり思わず白椿を見つめ呟いてしまう






「女性藩主がこれほど難解だとは思いませんでした」





漆原の言葉に部屋が沈黙する

もう息もできないぐらい張り詰めた空気



漆原は普通の表情をしているつもりだが『怒り』がほんの少し表情に出ている


真っすぐに漆原と目を合わせた白椿は微笑のままタバコを取り出す


その動作に漆原は今自分が言ったことを自覚する



(これは……)



言ってはいけないことを言ってしまった
『女はめんどくさい』ということを女を目の前にして言っているようなもの




「ふーっ……」




白椿は返事をせず、微笑のままタバコをふかしている

その様子が怖い
今何を思っているのか全く分からない

ゆったり足を組み右のひじ掛けに体を預け、自分の髪を撫でる
そして時折タバコを唇ではさむ様子……

かなり優雅で妖艶な光景だが、漆原は冷や汗をかき始める

これはすぐにでも謝らなければならない
藩主である白椿と女である白椿両方に……






「今何時?」






突然口を開いた白椿
漆原が謝罪の言葉を述べようとした瞬間であったのと
白椿の発したあまりにも軽すぎる質問に漆原は唖然とする

漆原が黙ったままでいると白椿はもう一度質問を繰り返す



「今何時?」



漆原は動揺する体を何とか動かして腕時計を見る



「12時です」
「うーん。時間が経つの遅いわねぇ」



白椿は普段通りに会話をしている

もう訳が分からない漆原が白椿を見つめ続けていると白椿は小首をかしげる



「どうしたの?」
「……怒ってらっしゃらないんですか?」



漆原の質問にキョトンとした白椿が何か言おうとしたとき




「漆原様、少しよろしいでしょうか」



ドアの向こう側から黒塚の声が聞こえてくる
白椿の答えが聞きたいのに…ともどかしそうな表情をした漆原は足早に部屋を出て行く



バタン



ドアが閉まり、足音が遠ざかった時

白椿はソファーから立ち上がり歩き出したと思ったら、着物の裾を少し持ち上げ鏡の横のテーブルを思いっきり蹴り倒した

テーブルとピッチャーは女が蹴ったとは思えないぐらいの勢いで吹っ飛んでいく

綺麗な桜柄が無残にも粉々になり、水が床に広がる





「怒ってねぇわけねぇだろうがよクソボケがコラ」





そう呟いた白椿が大きく舌打ちすると部屋の窓が全開になり突風が吹きこんできた


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