首に懸けられた賞金が高いということは、強さ、危険度を意味する。しかし同時に、その人物を討ち取る為にそれ相応の強敵に命を狙われることを意味するのだ。オンエア海賊団は現在、正にその渦中にいた。海軍少将精鋭数人が率いた部隊に奇襲を受け、死人こそいないまでも怪我人が多数出ていた。
危機を感じたアプーが、いち早く仲間を逃がしたのが項を奏したと言えよう。船に逃げ帰り手当を受ける仲間に、自分の不甲斐なさを痛感した。しかし、いつまでも落ち込んではいられない。すくっと立ち上がり、クルーに背を向けて船縁に立つ。


「なまえ!あいつらの治療終わるまで持ちこたえるぞ」
「ん!」


唯一無傷だった女が力強く頷き、腰に差していた三節棍を組み立て、刃を繋いで作った身の丈ほどの薙刀を片手にアプーを見上げた。目配せをしあい、船に被害が出ないように誘導しながら反撃を開始した。


「たった二人だ!討ち取れぇ!!」
「そうはいくかよ!スクラ〜ッチ!!」


アプーは容赦なしに攻撃を繰り出した。得体の知れぬ能力が海兵達を襲い、早くも形勢逆転といったところか。もともと、不意を突かれなければこうも一方的になどなりはしないのだ。なまえはアプーの攻撃範囲から離れ、彼女は彼女で戦闘を開始する。


「一人で大丈夫なのかぁ?お嬢ちゃん」
「謝ったら許してやってもいいんだぜ?」
「失礼ね!確かに強くはないけど、アンタ達をやつけられないほど弱くもないもん!!」


甲高い声とその見た目はどう見ても子どもにしか見えなかったが、べぇ、と挑発すると中々に効果があったらしく、海兵達は逆上して飛びかかってきた。
タイミングを図って、なまえは薙刀を駆使して敵をなぎ倒した。1mを軽く越えるリーチの長いエモノを持っているのに迂闊に近付くなんて、なんて愚かなことだろうと思う。だが、なまえにとっては好都合。このまま仲間達が手当を終えるまで持ちこたえてトンズラするのだ。
長い武器は色々と便利だ。リーチが長いというのはそれだけで強力だし、遠心力という強い味方がいてくれるおかげで小柄ななまえでも十分な威力を発揮することができる。なまえの持つ薙刀は軽い素材で作られた特製のもので、長さこそ彼女と変わらないくらいにあってもとても身軽に動くことができた。


「……?あれ」


数分もしない内になまえとアプーの元からは海兵達が引き潮のように撤退していった。奇襲まで仕掛けておいて立場が悪くなったくらいで引くとは思えない。油断はならないとアプーが考えていると、十分に距離を取った海兵が新たに部隊を組んで大砲に銃を構えてやって来た。
ハッと気付いた時には一歩遅かった。


「なまえ!!」
「撃てえぇ!!」


残酷な一声と、それに続く霰のような銃声がアプーの声をかき消していた。本能的に何が起きるのか悟ったなまえも既にその場から離れるべく走り出していたし、彼女を助けるべく自分を守りながらも音による攻撃を行っていたが、それでも"数"の前には些か力が及ばなかった。


「……あ!」


一発の銃弾がなまえの足を襲った。力が入らなくなり、少女は膝をついてしまった。


「なまえ!!」
「"海鳴り"の能力は得体の知れぬものと判断!よって距離を取っての殲滅にかかる!!」


ぎり、と砕けてしまいそうな程にアプーは強く歯を噛んだ。このままでは最悪の結果が現実になってしまいそうだと思い、背筋が凍りそうだった。次弾がなまえに降り注ぐのを視認したアプーは、これ以上けがをさせない為に、ゴリラがドラミングをする要領で腹を打ち鳴らし、彼女に届く前に砲弾を爆発させた。

しばらくの間膠着状態が続いていたが、埒が開かないとアプーはなまえに向かって叫んだ。


「今助けに行くからな、なまえ!!」
「ダメ!逃げてよアプー!!」


助けに来ればアプーとて無傷では済まないだろう。何より距離が離れすぎている。下手に助けに来ればアプーがどうにかなってしまうかもしれない。なまえにはそっちの方が恐ろしい。自分が犠牲になっている間にアプーが逃げれば助かることは明白だ。足の傷みを堪えてアプーのところへと走るのは不可能だから、となまえはそう叫び返した。


「ふざけんな!お前捨てて逃げれるかよ!!」
「アプーだけだたら逃げれるの!だから、だから……わたくしは放といて逃げてよ!」
「次弾用意!!」
「……くっそ!待ってろなまえ!!」


なまえはあくまで自分を置いていけと言い張るのでこちらも埒が開かなかった。遠く離れた場所から聞こえてくる恐ろしげな言葉がアプーの胸をざわめかせた。この世で最も愛しい存在を失うなんて考えられない、とアプーはなまえの言葉には耳を貸さず、彼女の元へと走り出した。


「アプー!!」
「いいからオラッチに向かって手ぇ伸ばせ!!」


長い長い手がなまえに差し伸べられた。一瞬躊躇うも、おずおずと手を伸ばした。


「撃てえぇ!!」


爆音が轟いた。

………当たっていたらどう考えても致命的であったと思われる爆発を命からがらかわしたアプーは、その長い腕になまえを抱えて爆発を逆に利用し、その場から既に逃げ出していた。


「あっぶねぇ〜!!」
「ア、アプー……」
「ったく、オラッチの仲間なら簡単に諦めんなよな」


咎める割にはなまえの無事を見て安心しきったようなアプーの口調。なまえ自身もようやく命は助かったのだと知り、緊張の糸が切れたのかアプーに抱えられた腕の中で力を抜いた。


「オラッチは絶対に助けるし、オラッチの手は絶対ェお前に届くから……。だからもうあんなこと言うな」


命を諦めるようなことを、言うな。

喉の奥から苦々しげに絞り出されたその言葉はなまえにしっかりと届いた。
生を捨てそうになったけれど、その中で伸べられたアプーの手は、だからこそ本当に嬉しくて、力強くて、そして温かかった。未だ熱の残る彼の手の感触に涙が込み上げてくる。


「もうあいつらも手当終わってんだろ。船帰ってトンズラすんぞ」
「ふぇ……!うわあああああん!!」


堰を切って流れ出すなまえの涙に、アプーはギョッとした。


「ななな……っ!なまえ!?どうした!?」
「アプー……、アプーううう!!」
「あ、足か!?撃たれた足が痛むのか?なぁ、大丈夫か!?」


見当違いのことを言うアプーに嬉しさを感じて、生きていることを実感するなまえは、更に涙をこぼした。ついでに最早忘れきっていた足の傷みも思い出し、ぐすぐすとしゃくり上げる。


「船帰ったら手当するからな!」
「うん……!」
「だから泣くなよなまえ!な?」
「……うん…!」


嗚咽はそうそうすぐに収まるものではないので仕方ないが、せめて涙を止めて欲しくてアプーは必死で言葉を紡ぐ。せっかく助かったのにこれでは生きた心地がしない。言葉が上手くない自分にまた焦っていると、なまえが抱えられながらアプーの腕をぎゅっと抱きしめた。


「なまえ……?」
「また……、またあんなことなたら、今度も、助けてくれる?」


潤んだ瞳で見上げるなまえに、そんな事態でもないのに頬が熱くなる。言われるまでもないのだ。


「当然、だろ」


パッと明るくなったなまえの顔を見て、ようやくアプーも一安心した。





企画サイト『向上心』さまへ捧げます。素晴らしい企画に携われて幸せでした。本当にありがとうございました。




リーチ・プリンシプル

'11.7.26

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