守るための手
 当たり前の風景。流れていく人波を男は冷めた感情で見下ろしていた。
仕事を終えて家路へと向かう途中、男は歩道橋の上で流れていく車と去っていく人の姿を目で追っていた。
彼は小さく溜め息を吐いて後ろを振り返る。
目の前には、音も無く佇んでいる少年が自分を見上げていた。
道を遮るように憮然とした態度で立っている彼に、男は驚きを露わにしたまま問いかける。
「こんな時間に何をしてるんだい?」
「仕事」
 少年特有の高い声には似つかわしくない感情の抜け落ちた声音に、背筋に薄ら寒いものが駆け上がっていく。
簡潔に答えた彼に男は疑わしげに眉を寄せた。
幼い姿をした彼はどこから見ても十二、三歳の子供だ。
そんな子供が何の仕事をするのだろうか。
疑問を口にしようとした瞬間、少年は重力を感じさせない身軽さで手すりの上に乗ったのだ。
真下は車が行き交う道路。
男は慌てた様子で少年に近づくが、彼は男から逃げるように手すりの上を器用に歩いていく。
黒いロングコートに身を包んだ彼は、吹き抜けていく風に煽られることなく少年は手すりの上を道が存在しているかのように平然と歩いている。
彼は歩道橋の階段まで歩いていくと、手すりから降りて男を振り返った。
追いついた男は安堵の表情を浮かべ、脅かすなと小さく呟く。
目の前にいる少年に愛想のいい笑顔を向けると男は努めて穏やかな声音で言った。
「もう遅いから、帰りなさい」
 すると少年は大きな目を数回瞬かせて、先刻と変わらぬ声量で男に告げた。
「仕事が終わったら帰る」
 そう言いながら彼は階段を一瞥して男を見上げた。
何も語らない彼の目に自分の姿が映り込んだ瞬間。


ドンと体を押された。


不意打ちに近い衝撃に男の体は後方に大きく傾く。
背後には階段。男は慌てて態勢を戻そうとするが、再び体が後方へ押された。
目の前に視線を向けると両手を男に向けている少年が映り込んだ。
眉一つ動かさない彼の表情に男は顔を引き攣らせた。
何かの作業のように彼はもう一度男を押した。
「うあああああああああああああああああああああああっ!!」
階段の段差に足を引っ掛けた男はバランスを大きく崩し、階段を転げ落ちていく。
その様をぼんやりと見つめていた少年は無感動な目で動かなくなった男を見下ろすと静かにその場を後にしたのだった。
背後に聞いたのは、悲鳴に似た人々のざわめき。
しかし、彼は興味が無いように振り返ることは無かった。
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