カナリアの紡ぐ音
静寂に満ちた館の奥。
唯一聞こえる音は哀しい響きを纏った歌声。
── 坦々と流れる歌声は唐突に途切れた。
その刹那、一つの銃声が響き渡る。
館は再び、静寂に飲み込まれた。
***
霧のかかった早朝。
一台の軽トラックが商店街の通りを走っていた。
トラックはある店の前で停車した。
看板には『花屋 tournesol』と、白い文字が並んでいた。
車の助手席から降りてきたのは、茶髪を三つ編みにした少女。
水色のエプロンが目を引く。
「ありがとう」
彼女は運転席の人物に軽く頭を下げると、トラック走り去っていった。
「さてっと…」
少女は軽く伸びをして、閉まっているシャッターに手をかける。
半分だけ開けたシャッターを潜った少女が見た光景は、花に埋もれるように座り込んだ青年の姿だった。
肩まで伸びた金髪に切れ長な鳶色の眼。見上げるように彼女を見つめている。
「…………」
「……………」
少女は無言で彼を見つめる。
── 沈黙。
「何してんの」
口を開いたのは少女だった。先刻の声色より幾分か低い。
「………」
棘を放つ彼女の言葉に彼は眉一つ動かすことなく、彼女を上目使いに見つめている。
「……ハァ…」
呆れたように溜め息を一つ零すと、彼女は上がったままのシャッターを静かに下ろした。
光を失った空間、少女は手探りで明かりを点けた。
「いま何時だと思ってんのよ」
威圧を込めた低い声音で彼に言葉を投げる。
「五時」
口を噤んでいた彼は簡潔に答えた。
「そんなこと訊いてんじゃないの」
「訊いたのはお前だろ」
彼女の厳しい突っ込みを軽くかわした青年──稲崎(とうざき) 怜吾(れいあ)はおどけて肩を竦めた。
「…それで? 何しに来たの」
「腹減った」
彼の言葉は簡潔にそこにいる理由を述べた。
少女は大きく溜め息をつき、怜吾を睨みつけた。
「今から寝るんだけど」
「食ったら、俺も寝る」
彼女の言葉に軽い言動が重なる。
「今寝なさいよ」
「腹減った」
堂々巡り。少女は頭を振り、小さく呻いた。
「…分かったから、奥に入って」
「悪ぃなぁ」
少女の口から許可の言葉が出た瞬間、怜吾は邪気の無い笑みを浮かべた。
店の奥に進んだ先は一枚の扉を隔て、住居のスペースになっていた。
椅子に腰掛けて、机に頬杖をつき、怜吾はキッチンを覗いている。
彼の視線に晒されながら、少女は慣れた手つきで朝食の準備をしていく。
「相変わらず手際いいよなぁ」
彼の呑気な発言に、彼女はピシリと青筋が浮きそうになるのを堪えながら返事をする。
「手伝おうとしないんだ」
精一杯の皮肉を込めて。
「手伝ったら、食う時のありがたみが減るだろ?」
無邪気に笑んで、彼女を見返す。
「…本気で言ってるの?」
彼女の声音が急激に低くなる。
── しかし。
「当たり前だろ?」
彼には少女の威圧は効いていなかった。
「……ハァ…」
大きく溜め息を吐き出すと、少女は口を噤んだ。
唐突に黙り込んだ彼女に不思議な顔をするが、怜吾は追求することなく机に置かれた新聞に手を伸ばした。
「……火事?」
新聞の一面に書かれた記事に彼は目を落とした。
それは彼の住んでいる場所から、少し離れた地区の記事だった。
「どしたの?」
記事に見入っている彼の傍らからひょっこりと顔を出す少女。
彼は横目で視線を送ると、新聞を彼女の前にずらした。
「コレ、近くじゃねぇか?」
「ん……隣の区域だね」
小説大賞を目指していた頃に書いていた作品。
歌しか知らない少女『カナリア』と夢を諦めた青年『怜吾』の話。
彼女の歌う姿に一度捨てた夢を思い出すが、カナリアとの未来を選び、最終的には一般の仕事に就く。
話のオチも出来ているのですが、間を埋める文章が浮かばなくて断念。
[*前] [次#]
栞を挟む|目次
TOP