伸ばした手
人に頼るには

どうすればいいのだろう

言葉にしなければ

伝わらないのは…

解り切っている


【伸ばした手】

 開け放たれた教室の窓に、冷えた風が入り込む。
留められていないカーテンが踊っている。

窓際の最後尾に置かれた席。
そこには少女が一人、孤立したように座っていた。
席は均等に置かれており、空間的には孤立していないのだが…。
彼女の持つ独特の雰囲気が辺りを遠ざけているようだ。

拒絶の念。
墨を流したような黒い髪に縁取られた端整な顔は、常に無表情。
感情を表に出すことは滅多に無い。
無感動な鳶色の目には、空以外のモノを映すことは無かった。

空を見上げたまま微動だにしない彼女に、声をかけようとする者はいなかった。



ただ一人を除いては…。




「ねえ、ねえ」
「………」
 唐突にかけられた青年の声に彼女は反応しない。
「空眺めてて面白い?」
「…………」
 次々と回答を待たずに言葉を投げる。
「ねえ、宿題やった?」
 その言葉に彼女の肩は微かに跳ねた。
ゆっくりとした動作で正面に顔を向ける。



 目の前には満面の笑みを浮かべる青年。
「その反応、やってないんだ?」
「…………」
 彼がニヤリと笑んだ途端、彼女は鋭く目を細めた。
「なに、図星か」
 愉快そうに口元を歪める彼を目の前にして、少女は次の科目である数学の教科書を開いた。
パラパラとページを捲る音が二人の沈黙を埋める。
宿題と記された問題のページを開いた瞬間。



校内に授業開始を告げる鐘が鳴り響いた。
「時間切れ」
「………」
 愉快そうな声音が少女の神経を逆撫でする。
ギッと彼を睨みつける。
「怖くないよ」
「………」
 彼は睨まれ続けながら、立ち去っていく。
廊下に出るための扉へと…。
「……え…?」
 少女が疑問符を投げた瞬間。
彼は振り返り様に手を振り、廊下に出て行った。

「……は…?」
 困惑した彼女は教師が入ってきたことで、強制的に意識を切り替えたのだった。


 授業後、西日が差し込む教室で少女はノートを睨んでいた。
朱に染まった教室には彼女一人。
ガランとした空間の隅、開けられたままの窓から空を見上げている。

「そんなことしてたら終わらないだろ」

 正面を向くと面白そうに微笑む彼。
結局、数学の時間が終わった後も帰って来なかった。
「どこに行ってたの?」
 珍しく口を開いた少女に彼は正面の席に座りながら言った。
「保健室」
「…は?」
 あまりのハッキリとした発言に間の抜けた声が出た。
彼女の反応を楽しむかのように目を細めた。
「だから、保健室だって」
「二度言わなくても分かる」
 口を尖らせ、眉を寄せる。
彼は苦く笑うと、ノートに視線を落とした。


「そんで? 解けないの?」
「………」
 少女が気まずそうに顔を伏せる。
彼女が取り組んでいたのは、彼が言っていた宿題だった。
しかし、肝心なノートには解くための数式が一つも書かれていない。
「数学苦手なの?」
「………」
 様子を窺うように顔を覗き込む。
しかし、彼女は何も答えない。



「……」
「………」



──沈黙。






不意に彼の口から溜め息が零れる。
「……『手伝え』って言えばいいじゃん」
「……?」
 その言葉に少女は顔を上げる。
キョトンとした顔で彼を見つめる。
「数学、苦手なの?」
 先刻の質問を繰り返し問いかける。
「………」
 困ったように眉を寄せる。
口を真一文字に結んだまま、彼を見つめる。
彼は口を閉ざしたまま、彼女の返答を待っている。







「……うん」
 長い沈黙の末、少女は蚊の鳴くような声で答えた。
彼は満足げに頷くと、彼女が持っているシャープペンシルを奪う。
「あ…」
 手の中が空になった彼女は無意識に声をあげる。
「どこが分かんないの?」
「数式辺りが…」
 彼女の素直な返答に彼は苦笑する。
「今までテストどうしてたの…」
「兄貴が数学得意なの」
 自分のことのように得意げだ。
「予習か」
「うん」
 先ほどまでの頑なな態度は何処かにいってしまったようだ。
彼は優しく微笑むと、ノートの端に慣れた手つきで数式を書いていく。
「授業出てないのに…」
「姉が家庭教師してるんだ」
 彼の言葉に目を丸くする。
「私と変わらないってこと?」
「そゆこと」
 無邪気に笑いながら、シャープペンシルを返す。
少女は控え目に手を差し出した。
「……あの…」
「?」
 手渡されたそれを握り締めたまま、恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。


「…ありがとう」
 気恥ずかしそうにする彼女の頭を撫でる。
訝しげに見上げる少女。
「頼ればいいんだよ。そうやって」
「……迷惑かなって」
 困ったように眉を寄せ、小さくなる。
「みんな困ってんだから、一緒だろ」
 彼の呑気な言葉に苦笑しながら答える。
「そうだね」
 少女はノートと彼を交互に見ながら、手を動かしていく。
外の風景は既に闇に包まれていた。




【終】

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