偽りの孤独
一人だから

孤独だとは

限らない



【偽りの孤独】

 朝の教室。
友達同士で賑やかな話題を持ち寄り、笑顔を絶やさぬように話し続ける。
各々が別々のグループを作り、学校生活を送っている。

その中で、青年は窓枠に肘をついて空を見上げていた。
穏やかな雰囲気の彼は、周りに馴染むことなく孤立していた。

その姿を見ていた、クラス委員である宮沼 葉禽(みやぬま はとり)は物憂げに溜め息をついた。

「どうしたの?」
 傍らにいた友人が溜め息を聞き取り、問いかける。
「ん、枝沫(しかた)君のことなんだけど…」
「一匹狼だよね」
 友人は軽い口調で彼に目をやった。
「そんな言い方しないの」
 友人を嗜(たしな)め、葉禽は再び彼に目を向けた。


バチリと目が合う。

穏やかな笑みを向けられる。
彼女は気まずそうに目を泳がせた。


唐突に予鈴が鳴り響いた。
「んじゃ、席戻るね」
 友人は彼女の肩を叩きながら、遠ざかっていった。
再び彼に目を向けると、彼は机に突っ伏して寝息を立てていた。



 昼休みの終わり頃。
日直の当番であることを思い出した葉禽は、未だに机と密着している彼の肩を叩いた。
「……」
 しかし、彼は死んだように動かない。
「…枝沫君?」
 心配になり、強く肩を叩く。
すると、彼は顔を横に向け、彼女を目に映した。



そして…。




「もっと上」
 それは、肩をほぐしてもらう為の言葉。
葉禽は眉根を寄せると、大袈裟に手を振り上げ、勢いに任せて下ろした。



バシリと彼の後頭部を叩いた。

「──っ!」
 痛みのあまり上半身が跳ね起きた。
何をするのだと、非難の目を向けるが、彼女は涼しい顔で口を開いた。
「上でしょ?」
「……」
 彼女の言葉に口を噤む。
「プリント一緒に運んで。当番でしょ」
 言葉を合図に彼は席を立ち、彼女の横を抜け、教卓に山積みされているプリントを抱えると教室を出て行った。
「……」
 葉禽は彼の後を追うように、教室を出て行った。


「枝沫君っ!」
 自分の名前を呼び止められ、首だけで振り返る。
「半分持つよ」
 彼の前に両腕を出して、促す。


しかし。


「持てるから」
 平然と言って、歩き始める。

「手伝うよ」
 彼の腕を掴み、引き止める。

「大丈夫」
 手を器用に振り払い、歩く。


「どうして、独りになろうとするの?」
 彼女の核心をついた呟きに、彼がピタリと足を止めた。

「必要ないから」
 彼は冷静に言葉を放つ。
一人を嫌う葉禽には、理解出来ない言葉だった。
 授業後、葉禽は学級日誌を書くために教室に残っていた。
教室はガランとしており、彼女以外の人影は見えない。

「……」
 西日が差し込み、教室を赤く照らす。
物音一つしない教室は彼女に心細さを感じさせる。
カリカリとペンを走らせる音だけが室内に響く。
彼女の孤独感を煽るかのように、空気は静かに流れていく。


唐突に扉が開いた。

「!」
「宮沼さん?」
 呑気な声音に強張らせていた体が緩んだ。
教室に入ってきたのは、同じ当番の彼。
先に帰っているのだと思い込んでいたため、余計に驚く。
「帰ったんじゃないの…」
「じゃあ、帰る」
 彼女の言葉を真に受け、鞄を手に取ると扉に向かう。
「待って!」
 葉禽は慌てた様子で、声を荒げた。
一人にされることを恐れたのだ。
「……」
 彼は踵を返し、窓際に座っている彼女に一番近い窓を開けた。
「空、好きなの?」
 沈黙に耐え切れず、彼に口を開く。
「そこそこ」
「何それ」
 曖昧な返事に自然と笑みが零れる。
彼の持っている穏やかな雰囲気は、決して人を遠ざけない。
その反動なのか、彼の言動は人を遠ざけさせている。
「お」
 先刻とは違う、弾んだ声音に葉禽は彼に目を向けた。
そこには、柔らかく微笑んだ彼の姿。
「?」
 彼の表情が気になり、立ち上がって窓を覗き込んだ。
彼の視線の先には、校門から手を振っている青年の姿。
見慣れない制服に身を包んでいる。
「他校の人?」
「友達」
 隣で手を振りながら、彼は横目で短く答えた。

彼に友達がいることに驚いた。

葉禽は青年の様子を窺うために、窓から顔を出す。
「日誌書き終わった?」
 彼の言葉に首を横に振る。
「早く終わらせよう」
 彼の意外な言葉に目を瞠る。
窓から離れた彼は、彼女の席に座って、日誌を書き始めた。
「寝てたのに…分かるの?」
「アバウトでいいんだよ。アバウトで」
 無責任な言葉に彼女は、大急ぎで彼からペンを奪う。
「私がやるから」
 彼に急かされるように、走り書きで空欄を埋めていった。



 二人が仕事を終え、外へ向かった時には、日の位置が低くなっていた。
赤い空が闇に追い詰められて行くように沈んでいく。
暗くなり始めた視界に座り込んでいる人影。
門に凭れるようにして、座っていた。
二人に気がついたのだろうか、青年は立ち上がり、再び手を振った。
「お前、友達いるじゃん」
 青年は彼女に目を向けながら、彼に言葉を投げた。
「友達じゃ、無い」
 彼は否定をして、青年の横に並んだ。
「こんばんは」
 葉禽は軽く会釈をして、彼に目を向けた。
「コイツ人見知りだからさ…」
 心配そうな声音。
「孤立してますよ」
 真実を伝える。
彼は気まずそうに目を泳がせた。
「お前なぁ…」
 弟を扱うように彼の頭をクシャリと掻き混ぜる。
「必要ない」
 口を尖らせ、拗ねるように彼女に向けた言葉を繰り返す。
兄弟のような二人の様子に、彼女は微笑して言った。
「確かに、そうかも」
「?」
 彼の意図を汲み取っていない青年はキョトンとした顔をしている。
彼女が彼に目を向けると、優しい笑みとぶつかった。


 葉禽は知ったのだ。
目の前に存在するモノだけが、『友達』では決して無いのだと。
孤独を紛らわす存在だけが、『友達』ではないのだと。
彼は親友を持っているのだ。

そして、その言葉の真意も…。
二人の様子を見ながら、葉禽は羨ましいと心で呟いたのだった。



【終】

[*前] [次#]

栞を挟む目次

TOP




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -