細かい砂を踏みつけると、浅く靴が埋まった。
持ち上げると砂が散るように舞う。
後ろにはキリクが進んできた道のりが残されていた。
雪が積もったような真っ白い道を、静かに歩く。
意味は無い、ただ足を動かしているだけ。

気がつけば、ここにいた。
何でここに居るのかも、どうしてここに来たのかも分からない。

ブロンドの髪を鬱陶しげに払い、空を仰いだ。
靄がかかったように真っ白な空。
遠くでは、地面との境界が曖昧になっていた。
天地がひっくり返っても分からないだろう、と考えが過ぎる。
果ての見えない道を歩いていると、座り込んでいる人影が見えた。
黒いローブに身を包み、膝を抱えている。
フードを被っているせいで表情が窺えない。
「何をしているんですか?」
 好奇心で問いかけてみたが、返って来たのは理解できない言葉。
「キミは扉が見える?」
 少女特有の高い声音に、キリクは首を傾げる。
「扉、ですか?」
 そうだよ、と答えた少女は静かに立ち上がり、キリクを見据えた。
フードの隙間から零れた真っ白な髪が黒に映えた。
真っ直ぐに見据えられ、キリクは眉間に皺を寄せる。
白い前髪の隙間から見え隠れする双眸は燃えるような紅。
「この先、どこまで行っても無いよ」
「?」
 何が、と問うより先に少女の声が続いた。
「キミは扉が見える?」
 扉、と小さく零したキリクに、紅の眼は細められた。
楽しむような少女の態度に、眉間の皺が深くなる。
変な子に声をかけてしまったと、今更悔やんでも遅い。
辺りを見回し、扉らしきものを探してみる。
目の前には真っ白な空間が広がり、扉どころか草も生えていない。
首を傾げていると、少女は小さく笑んだ。
「もっと探せば良い」
「え?」
 何が言いたいんだ。
聞き返しても少女は微笑んでいるだけ。
それで良い、と言葉を重ねた彼女は先刻と同じように、座り込んでしまった。
何度も声を掛けても答えは返って来ず、キリクは諦めて歩き始める。
後ろを振り返ると、丸い少女の背中が見えた。
段々と遠ざかっていく内に丸い背は白い風景の中へ消えていった。
少女の言葉では、扉がどこかにあるらしい。

 長い時間歩いた気がする。
しかし、通り過ぎて行く景色は変わらなかった。
ひたすらに白い景色が広がり、自分が進んでいるのかも分からなくなる。
ピタリと足を止めて振り返った。

視線の先には丸くて黒い背中。
遠くなった、少女の姿。

「何で……」
 意味が分からないと目を擦るが、少女の姿は目の前に存在している。
瞬きを繰り返し、前へと歩き出した。
歩きながら振り返ると、段々と遠ざかっていく少女の背中。
ほっと胸を撫で下ろし、視線を前へと向ける。
きめの細かい砂が、踏みしめる度に靴底を浅く呑み込んだ。
扉らしきものは見当たらず、キリクは足を止めてしまった。
自分の呼吸音以外、何も聞こえない。
辺りを見回し、背後を振り返る。

 少女の黒い背中が映り込む。
座り込んでいる姿は、先刻と変わらない。
真っ白な空間にポツリと浮かぶ黒。
無言で見つめていると、少女は立ち上がり振り返った。
黒いフードから零れた銀色の髪が揺れる。
「おかえりなさい」
 良く通る声で言った少女は、愉快そうに微笑んだ。
「扉はどこにあるんですか」
 キリクの問いに、変わらない調子で答える。
「どこでも」
 当たり前のように答えた少女に、憤りを感じて声を低める。
「ふざけてるんですか」
 ううん、と首を横に振って言葉を紡いだ。
「キミは、どうしてココに来たの?」
「え?」
「これからドコに行くの?」
 真っ直ぐに見つめてくる紅の中で、キリクは小さく首を振った。
「分かりません」
「そうなんだ」
 軽い返事に眉を寄せる。
「キミは『この場所』が分からないんだね」
「この場所?」
 意味深に落とされた言葉を拾うと、少女は「そうだよ」と簡潔に答えた。
謎を含む物言いに、小さな嘆息が零れる。
要領を得ない少女の発言。
このまま聞いても、重要な情報は得られないのでは、と疑ってしまう。
何も言わずに見つめていると、少女は静かに口を開いた。
「ここは何もない世界」
 真っ白な砂に手を埋めた少女は言葉を続ける。
「何か望んだとしても、何も無い」
「でも、君は扉があると……」
「あるよ」
 でも、と少女は言葉を続ける。
「キミには扉が見えないんでしょ?」
「それは、どういうことですか?」
 問いかけても、少女は首を横に振るだけ。
何も言えない、とでも言うように。
扉はあると彼女は言った。
しかし、存在するのは、白い空と白い砂と黒いローブの少女。
ここには何も無いと言っていた。
ならば、どうやって、ここに来たというのか。
ここから出るための扉はどこにあるというのだ。
とにかく、少女のいう『扉』を探さなくては意味が無い。
再び歩き出したキリクの背中を、少女は無言で見つめていた。

 同じ風景が続く中で、進んでいるのか分からなくなってくる。
しかし、自分の残した足跡は嘘を吐かない。
歩きながら後ろを振り返ると自分の残した足跡。
確かに進んでいるのだ、間違いない。
「扉──」
 無意識の呟きは、静寂に消えて行く。
少女が言っていた通り、ここは何もない。
ならば、扉も存在しないのでは?
ピタリと足を止め、振り返る。
そこには何度も見た光景。
少女が佇み、静かにキリクを見つめていた。
振り出しに戻されたような感覚に、キリクは小さく呟いた。
「扉なんて、どこにもない」
 あるはずない、と力無く言うと、少女がしていたように座り込んでしまった。
膝を抱え、嘆息を零し、諦めるように呟く。
「出口なんて、どこにも無いんだ」
「キミは出口を探しているの?」
「当たり前だよ」
「なんのために?」
「ここから出るために──」
「ここから出て、何かがあるの?」
 何が言いたいんですか、と問いかけたが、少女は首を横に振る。
「キミは出口を望んでいる?」
 一度だけ頷いたキリクに、少女は首を振る。
「だから、キミに扉は見えない」
 無言で眉を顰めた彼に、言葉が被さる。
「ここは何も無い」
「聞きました」
 低い声に、少女は目を細めて言った。
「望むだけでは、何も無いまま」
「?」
「望むだけでは、何も見えない」
「それって──」
 少女は座り込み、指先で地面をなぞる。
両端に砂が盛り上がり、線が引かれる。
「望むだけでは何も無いまま」
 紅を瞬かせ、少女は言った。
引かれた線を見つめていたキリクは気付いたように呟いた。
「そっか」
 勢い良く立ち上がり、少女を見つめる。
「何も無いから、在るんだ」
 キリクは再び、歩き出す。

 足を引き摺りながら、白い地面に線を引いていく。
曲線を描き、角を描き最後に始まりへと戻ってきた。
図形を二分するように、真ん中に線を引く。
出来たのは殺風景な扉。
満足そうに頷いたキリクは、少女を振り返り言った。
「見えたよ。扉はここに在ったんだ」
 望むだけでは得られない。
流れ星は必ず流れるとは限らないから。
キリクの言葉に数度頷いた少女は、扉の絵に小さな装飾を書き足した。
ノブと鍵穴。
「これで大丈夫」
 言葉に呼応するように、扉は静かに開く。
真下に現れた出口に驚きつつも、キリクは問いを投げた。
「聞いても良い?」
「なに?」
 自然に返って来た声に、言葉を続けた。
「君にとって、扉は入口? 出口?」
 少し考えて少女は答える。
「入口」
「そっか」
 出る事だけを考えていたキリクには無い発想。
苦笑いを浮かべ、扉の先を見つめる。

先にある世界への入口。
今の場所からの出口。

「同じだ」
 扉は空間を繋いでいる。
しかし、開く意思が無ければ、扉は単なる壁になる。
見えなかったのは、そのせいだったのだ。
「ありがとう、えっと──」
 名前を聞いていないことに気がついた。
「クレデュ」
「クレデュ?」
 復唱すると頷かれた。
「僕はキリク」
「キリク?」
 復唱されて小さく笑う。
「ありがとう、クレデュ」
 バイバイと手を振る彼女に見送られ、キリクは扉の向こうへと消えていった。
再び満ちる静寂。
描かれた扉は再び砂に戻り、全てを白紙に戻した。
何も無い場所に佇むクレデュは座り込み、小さく微笑んだ。
「何してるんですか?」
 近付いてくる足音と共に、問われた声にクレデュは問いかける。
「キミは扉が見える?」

【終】

101015



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