「朝だ!!」
「……」
「朝だぞ、名前!良い天気だ!!」
「わかりました……わかりましたから、ちょっと声のボリューム抑えてください煉獄さん」

日曜日の朝。
彼はいついかなる時も元気だが、快晴の清々しい朝は特に元気だった。
加えて、目が覚めて隣に名前がいることも相俟って、彼は非常に元気だった。

「君は朝に弱いようだな!」
「いえ、私はどちらかと言えば朝型ですが……貴方が元気過ぎるんです」

実のところ眠りは浅かった。
すぐ隣に愛おしい体温を感じながら過ごす一夜は気が気でなく、それでも睡魔には適わなかったらしい。
いつの間に眠っていて、気付いた時には朝が来ていた。

「今日はベッドが届くと思うから出掛けずに家の中で過ごそうと思っているんだが、君はどうしたい?」
「わぁ、いいですね。引きこもってのんびり過ごしましょう」

そういう訳で、本日は快晴にも関わらず太陽の恩恵を受けず室内で過ごすこととなる。
共に過ごし始めてまだ間もないにも関わらず、役割分担は完璧だった。
朝食作りは名前に任せ、杏寿郎は珈琲係。
どちらも違和感や疑問を抱くことなく支度が出来次第、席に着く。
今も尚、眠りから覚醒し切れていないらしい名前がふわぁと小さく欠伸し、目を擦り、

「そういえば……昨夜は大丈夫でしたか?私、煉獄さんを襲ったりしてませんか?」
「残念ながら襲われていないな!俺は一向に構わなかったが!」
「そうですか。それは良かった」
「うむ!俺の方はいつ来てもらっても構わないからな!」

絶妙なすれ違いを経つつ、本日の予定も決まったところで、

「そういえば、煉獄さん。朝はシャワーを浴びるんでしたよね?タオル置いてあるので、よろしければ食後にどうぞ」
「……あぁ!」

少し悩んだ後、すぐに理解。
そういえば以前そんな言い訳を咄嗟にしてしまったことを思い出す。

「実は、あれは嘘なんだ!」
「ーーえっ!?」
「嘘を吐いて申し訳ない!騙しているのは耐え難いので、正直に言う!俺は必ずしも毎朝シャワーを浴びなくてもいいんだ!」

では、何故朝から風呂場に?という疑問が名前の口から飛び出すことはなかった。
もし問われたら正直に言うつもりでいた。
この様子では恐らく何も思っていないらしいので、それ以上の言及は強いてしない。
共存していけば良くも悪くも互いの様々な面を垣間見ることになるだろう。
それらも含め本当に分かり合えたらいい。
故に、自身を偽るようなことはしない。

「そう、でしたか……わかりました。朝の習慣のことは。ただ、ーーありますか?他に」
「他?」
「はい。私に、嘘吐いてること」
「……」

食事していた手を止め、全ての動作を停止した名前がじぃっ、と杏寿郎を見据えている。
何処までも真っ直ぐに、曇りなき眼で。
背後に位置する窓からはきらきらと陽の光が溢れて光り輝き、正面に座る名前の姿をより一層幻想的に魅せる。
彼女は時折、こういう表情を浮かべる。
まるで全てを悟っているような、それでいて諦めているような瞳。

「それは……俺にもよくわからない。だが、君には嘘を吐きたくないと考えている」

それは、紛れもなく本心だった。
そもそもの話として杏寿郎は自身の記憶さえ正確なものだと思っておらず、信じていない。

「俺のことは存分に疑ってくれ。君に全てを暴いてもらいたい。ーー知って欲しいのだ。それ以上に、君のことをもっと知りたい」
「私が私について知っていることは大方お話したつもりです。私の鬼疑惑も含め幾つかございますが……いずれも煉獄さんが大きく関与されていると捉えております。偶然にしては出来過ぎておりますし、何者かの意図があるようにしか考えられません」

名前は指折り数えながら現状知り得る情報を改めて口にするが、恐らくそれが全てではない。
名前にはまだ明かされていない秘め事がある。杏寿郎はそれが知りたいのだ。
まず優先して知るべきことは、名前に鬼だと吹き込んだ何処ぞの輩の存在だ。
山本愈史郎が関わっていることはほぼ確定だと捉えているが、彼から悪意は感じられなかった。
別の、言葉にし難い何者かの悪意が裏で暗躍し、撹乱させようとしている。
水面下でひっそりと行われている、その小癪な手口が気に食わない。
名前自身、言われるまでは鬼だという自覚は全く無かったらしいので、尚のこと胡散臭い。

「なんにせよ調べる必要がありそうだな!」
「どうやって?」
「まずはそれを考えることから始めよう!やれ先は長いぞ!!」

明日は月曜日。仕事もある。
社会人には考える時間があまりに少ない。



102 / 表紙
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