仕事を終えるなり、火曜日という週半ばにすら至っていないにも関わらず飲み屋に集う四人の男たちがいた。
その風貌は良くも悪くも大層目立っており、一見すればまさか彼らが皆揃って教職に就いていようとは思わないだろう。
一人は個性的かつド派手なメイクを目元に施しており、一人はやたら傷だらけ、一人は飲食の場であるにも関わらずマスクを着けたまま外そうともせず、一人は一際目立つ鮮やかな髪色。
教壇に立つ者として有るまじき髪色だが、これが自ら染めたものではなく天然物だというのだから驚きだ。
見た目に反して彼はここに居る誰よりも生真面目だったので、火曜日の飲みの誘いに乗ることも始めは躊躇したが、真正面に座る大男によって引き摺られるように此処へ連れて来られた。

「穴があったら入りたい!!」
「おー、ド派手に酔いが回ってきたな。おら、もっと飲め飲め。俺様が注いでやる。有り難く飲みやがれ」
「宇髄。そろそろその辺にしておけ。煉獄の酒の弱さは知っているだろう」
「分かっててやってんだよ。こいつド派手に口固ぇからな。口割らせるには酒の力を借りるのが手っ取り早い」

何故か杏寿郎に対してだけ過保護な化学教師・伊黒小芭内は、天元の言い分に眉をひそめながら手元のグラスの中の氷をからからと回した。
一向に飲む気配はない。
何も知らぬ者からすれば「何の為に来たのだろう」と疑問に思われがちだが、小芭内をよく知る者らからしてみれば「煉獄に変な虫がつかないように着いて来た」といった認識である。

「全然飲んでねぇのな、不死川。飲むか?」
「俺は量より質なンだよ。お前みてェにガバガバ飲めるほど酒豪でもねぇしなァ。そっとしといてくれや」

性格は変わらないが顔には出る、酒に強くも弱くもない男ーーそれが、数学教師・不死川実弥だ。
ほんのり頬を赤くさせているのは程よく酔いが回ってきた明白な証拠。
己の限界を熟知しているのだろう、後は嗜む程度にちびちびと烏龍ハイを口に含んでいた。
本来ならばこの場に義勇もいたはずだが、別件があるとか無いとかで今宵は欠席である。
それが分かった途端、実弥と小芭内が見えないところで右手をぎゅっと握り締めたのを天元は気付きつつも敢えて触れないでおいた。

「俺は生まれ変わりというものは無いものだと考えている」
「ンだよ。新手の宗教勧誘かァ」

と、唐突な発言をする杏寿郎に対し、そういうのは他所でやれよなァ、と肩を竦める実弥。
酔いの回った杏寿郎が口にする言葉はほぼ寝言だと踏んでいるらしい。
前例があるのだろう。
だが、今の杏寿郎は酔ってなどいない。
……。
いや、酔ってはいるのだが意識は定かだ。
至って正気である。
故に余計にタチが悪いとも言えなくもない。

「一度死んだら取り返しがつかない!!失われた命は戻らない!人とは弱く儚い生き物だが!それ故に愛おしく尊いのだ!!!」
「いや、うるせェよ。声がでけェ。誰か止めてやれよ。この酔っ払っい」
「戯れ言を。酔いの回った煉獄に力で勝るのはここにいる筋肉ダルマか、或いはどっこいどっこいだ。俺では到底敵わん」
「酒の入った煉獄は何しでかすかわからねェからなァ。この間なんか俺ァ背負い投げされたぜ。受け身取れっから良かったけどよォ」
「背負い投げ!いいな響き派手で!!よし行け煉獄背負い投げしろ」
「やめておけ。マジでシャレにならねェ」

と、何故か乗り気な天元を制し、存外ここにいる誰よりも常識人の実弥は溜め息ひとつ。

「あー、なんだ。生まれ変わり……だったか。話題といい物理的なまとめ役といい、悲鳴嶼さんが適任だったんじゃねェのかァ?」
「今夜の“当番”だったんだよ。今頃、派手に悪霊退散してる頃だぜ。仕事早ぇからな。なんたって仏教徒だし、さすがだぜ悲鳴嶼さん」
「仏教か。教えは確か……」
「それならば聞いたぞ!輪廻転生とか言うらしいな!実は以前、悲鳴嶼さんとは五時間ほど語り合ったんだ!良い学びの機会となった!」

どうやら話は聞こえているらしい。
酒を傾けつつ拳を握り締め、杏寿郎は続ける。

「仏の教えを否定するつもりは毛頭ない!素晴らしい教えだとも思う!だが、生まれ変わりとやらだけは受け入れられない!……否!受け入れたくはないのだ!もし生まれ変わりが本当にあったとして、やり直しのきく人生というものは果たして本当に価値があるのだろうか!?」
「……???」
「待て、煉獄。不死川が理解不能だと無言で訴え掛けている」
「まぁ、こうなっちまったらもう地味にどうしようもねぇぜ。知ってるだろ?煉獄は昔っからこうなんだ。誰が何を言ったって自分の考えは曲げねーんだよ」

じゃあ何の為の飲み会なんだ?とは野暮なので今更突っ込まなかったが、ならばオチをどうするつもりだと実弥は訊ねる。
当然、天元とて考え無しではなかったが、かと言ってちゃんとした理由付けをしていたかどうかはさておいて。

「なぁ、煉獄よ。お前何かあっただろ」

いっそ清々しい程の真正面からの問いだが、杏寿郎に対して小細工など不要だということはここにいる誰もが知っている。
長い付き合いなのだからそれくらい分かる。
そして、杏寿郎が長年同じ人物を想い続けていることも知っていた。

「何か、とは」
「おいおい、しらばっくれんなよ。俺様の耳と目は誤魔化せねぇぞ。お前は変に頑固だからな。酒の場で吐かずに何処で吐く」
「……」

そこで杏寿郎はようやくグラスを置くと、赤ら顔でありつつも真剣な面持ちになる。
ようやく本題に差し掛かったところで、皆がゴクリと喉を鳴らした。

「むぅ。……まぁ、そうだな。君たちに今更隠すことも何もあるまい。こうして幾度となく酒の場で俺の夢見事に付き合ってもらっていた訳だし」

杏寿郎は、文字の中でしか知らない、実在したかも分からない相手に恋をし続けていた。
それは、ここにいる皆が周知の事実だ。
昔は笑い飛ばせたが、今、笑う者はいない。
何故なら、杏寿郎が如何に真剣であるかを己の目でしかと見てきたからだ。
煉獄杏寿郎が良いヤツである、というのも皆の共通認識だった。
そんな昔馴染みの良いヤツの恋だ。
例えどんなに無謀な道であろうとも結末まで温かく見守り続けてやりたいーー彼らは彼の友であり、良き理解者である。はずだった。

「どうやら俺は食われたいらしい」
「それは性的な意味で?」
「下品」

真面目な表情の杏寿郎に、真面目な表情で返す天元。
すかさず頭をべちんと殴るのは小芭内。
そして、その様を白けた目で見つめる実弥。
加えて此処に何も分かっていないボケっとした面の義勇がいれば今宵もお決まりの風景だと言えたのだが、今頃クシャミでもしてんじゃねぇかなァ冨岡の野郎、と実弥は思ったとか思わなかったとか。



8 / 表紙
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