ざりざり、と音がする。
肌とシーツが擦れる音。

「ーーッ、ーー」

拒絶か、快楽ゆえかも判別できない涙をぼろぼろと流しながら、声なき声が聞こえてくる。
その様が愛らしくて、可哀想で、どのみち彼女は言葉を発せないから、こちらの身勝手な憶測で今も尚、事は行われている。
指先で摘んで扱ける程度にぷっくりと腫れたそれは充血していて、痛々しい。
絶え間なく舌で刺激され、絶え間なく割れ目から溢れ出す蜜は止まることを知らない。

「ーーーーッッ!」

びくん、と一際大きく跳ね上がった名前の腰は固定され、ぴんと伸ばされた足の爪先は虚しくも空を蹴った。
小刻みに震える内腿には、すでに狂気的なまでの数の赤い印が点々と着けられている。
無遠慮とはまさにこのこと。
獣のように貪る。一方的に。
名前は動けない。抵抗できない。
何か言いたげにぱくぱくと口を動かしているのは知っていた。
炎柱はその様をただただ見ていた。
目元を弛め、眉を下げ、慈愛の眼差しを注いでいた。

何度繰り返しても、まだ足りない。

「っ、……ーー」

互いの視線が合う、というのは、とても幸福なことだということを知っている。
彼もそうだった。
故人に想いを寄せ、叶わぬ恋とわかっているのに想い続けてきたこれまでの人生。
在ない存在への消化し切れぬ想いは募り募って、行く先もなく燻り続けた。
報われない想いの為に無駄にしてきた、とは思わないし、後悔の念は微塵も無い。
彼女への想いがあったから生きてこられた。
彼の言動には常に彼女の存在が伴っていた。
彼女の存在がなければ、炎柱・煉獄杏寿郎は本当の意味で“死んでいた”。
彼女の存在があったから、炎柱・煉獄杏寿郎の存在は今も尚ーー

「俺はこんなにも口でするのが好きだったかな」
「奪うようなことはしたくない。彼女が少しでも満たされるのならそれでいい」
「なるほど。ーー確かに。そういえば生前、俺は与えることが好きだったように思う」

何かを思い出す度に、少しずつ彼本来のかたちが形成されてゆく。

こうして触れて、触れられて、彼女は確かに感じていて、彼女は確かに彼の目を見て話してくれていてーー彼女に存在を認知されている、ただそれだけの事が、どうしようもなくどうしようもなく、嬉しくて、



「ーーぁ」

名前は視界に何かを捉え、まるでそれを掴むべく真っ直ぐに手を伸ばす。
懸命に、手繰り寄せるように。
だけどもそれはひどく遠く、ちょっとやそっとじゃ届かない。
届くはずもない。本来ならば。
彼女は決して諦めてなどいなかった。
掴もうとする手は何も掴まず空を切るだけに留まったが、瞳が、確信を得ていた。
奥底に眠る記憶が鮮明に彩って、蘇るーー

「ッ」

長い長い、夢を見ていた。
砂上の夢。
さらさらと零れ落ちてしまうほどの儚い夢。

「··········名前」

もはやどちらの声かも分からない声だが、確かに名前の耳へと届いている。
名前が正面の杏寿郎を見つめ返す。
次いで、間髪入れずに炎柱を見上げる。
名前の快楽に潤んだ瞳は果たして目の前の現実を写しているのだろうか。
何が夢で、何が現か、それさえも曖昧で、

再び杏寿郎が舌を伸ばし顔を埋めれば、これ以上の快楽から逃れるべくそれを妨げようとした名前の手を炎柱が掴み取る。
まるで一人の女と二人の男がまぐわっているような淫らな光景は、誰の目にそう視えているのだろう?
名前の唇を啄み、押し込み、絡めて、吸って、かと思えば仕返しに舌を甘噛みされる。
柔らかい感触。
そして、あたたかい。
··········?

「ーーッ、は、ぁ··········んッ、あ」

唇が離れた途端、溢れ出す。
名前の声だ。普段の凛とした声、の面影などないくらい甘く蕩けた、善がる声。
声だ。声が出ている。
何故?ーー今は理由など何だっていい。
ただ、名前にとっていいものならば。

「いっ、痛いです。手。逃げないから、ぁ」

気付けば杏寿郎はーー名前を覗き込んでいて、思いのほか強く握り締めてしまった名前の手首を慌てて解放した。
が、それも一瞬。
杏寿郎は名前の手を掴んでなどいない。
強いて言うならば、足だ。
そんな己の立ち位置を示すべく、より一層杏寿郎の愛撫に力が入る。
羞恥心を煽る湿濡音が鳴り響く。
切迫した衝動に名前は顔を歪めたが、杏寿郎は両手で細い腰を捕まえ動きを封じた。
名前は、待って、だの、嫌だ、だの、反射的に飛び出す言葉を包み隠す余裕など無く、ただただ口をついたもの全て吐き出している。
全てが本音ではないだろうけども、こういう時こそ潜在的な感情が表面化しやすい。
素直な気持ちが予期せずひょこと頭を出す。

「ひ、ぅ··········んッ、あ、やだ、もっと」
「嫌?もっと? ーーふは、矛盾しているぞ。君の本音はどっちなのだろうな」

唇を濡らした唾液を愛液ごと舐め取り、理性と本能の狭間で揺れる瞳を見上げる。
吐息すらをも奪い取り、愛情と懇願の意を含めた美しく熱っぽい瞳を見下ろす。
赤い唇は僅かに開いており、そこから洩れる呼吸音ですら杏寿郎にとっては扇情的で、何故、名前への想いが尽きることなく今も尚、燃え続けているのかを言語化する。



ーー名前。君が、此処に在るからだ。



燃え尽きることなど無い。
彼女が心に在る限り、彼は恋焦がれ続ける。
何年、何百年経とうともその想いは尽きることなく、夢幻の果てまで継承される。
目に見えなくとも確かに存在する。
それだけで充分なのだ。
幸福だった。充分だった、のに。

強すぎる愛は狂気的で、盲目で、それでいて他に変え難いーー尊いもので。
腐陣な言葉では言い足りない。
ならば態度で示すしか他ない。
杏寿郎は愛でた。出来うる限り。
大前提として、伝え切れぬと割り切って。
何故なら、彼の名前への想いは、人ひとり分どころか幾度も人の生を繰り返すほどまでの永き間、ただただひたすらに、一方的に、本質以外を忘却の彼方へ置き去りしてしまうほど、募り募ったものなのだから。

頸を斬れぬことーーそれ即ち、彼女への想いも未練も断てぬ、ということ。
ならば、祟るしか、呪うしか、ない。





三章「祟(たたず)して何を断つ」《続》



132 / 表紙
[]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -