「ひどいですひどいです、天元様!アタシを置いてけぼりにするなんて!」

と、大きな声で騒ぎ立てるのは「須磨」という名の可愛らしい娘。
大きな瞳から大きな涙をぽろぽろと溢れ出しながら、わんわん喚いている。

「うっさいこのバカ女!人数多いと目立つんだから、仕方ないでしょう!」

それを諌めようとするのが「まきを」という名の、髪を一つに結わえた、少し口の悪い勝気な娘。
弱気で泣き虫な須磨とは、見た目も性格も見事に対照的である。
この二人、何もかもが真逆でありつつも揺るぎない共通点が存在した。
それは、天元の嫁だということ。
そう、天元にはすでに三人嫁がいる。

「いい加減にしな!」
「痛い!ひどいです、グーで殴りました!これでもう五回目です!」
「頭にゲンコツ落としただけでしょ。アンタくらいの石頭なら、痛くも痒くもないくせに!」
「ひ......ひどい!頭は痛くなくても、心が痛みました!天元様に言いつけてやります!」
「ちょっと、いい加減にしなさい」

ぎゃあぎゃあと喚き叫び収集のつかない二人を、雛鶴がたしなめる。
今は無き一夫多妻制というのは、一人の夫を奪い合う妻と妻との醜い争いが勃発してしまいがちであるが、彼女らの間にそういった溝は無い。
互いに本音を曝け出し合える、まるで姉妹のような間柄は見ていてとても微笑ましいが、仲が良すぎるのも困りもの。
もはや遠慮も何も無い彼女らは、こうして子どもじみた喧嘩もする。

「やっぱり天元様が悪いです!嫁一人しか連れて行けないなんて言うから!アタシたち、たった一つの枠を奪い合ったんですよジャンケンで!やっぱり、にらめっこにするべきでした!」
「何言ってんのよ!それじゃあ、アンタが勝つでしょうが!元々面白い顔してるんだし!」
「ひどい!アタシの心はズタズタです!まきをさんのせいで再起不能です!」
「......」

肝心の夫、宇髄天元、もはや嫁同士の会話に触れさえしない。

「こうなるって分かってたから、全員連れて来なかったんだけどなァ......」

雛鶴、まきを、須磨の三人は天元の嫁であると同時に部下であり、天元同様、各地で鬼の情報を得るために個々で動いていた。
こうして探り当てた場所が、遊郭。
天元が客として探りを入れようと提案しても、嫁たちは反対しなかった。
理由は先に述べたように、彼女らは嫁である以前に部下だったし、なによりも天元のことを忍として、夫として信頼していた。

「賑やかだな!」
「まぁな。なかなかに派手だろ」

そう言って、顎をさすりながら嫁を見やる天元の瞳は、ひどく優しい。
特殊な関係性ではあるものの、この四人の間には深い絆が感じられる。
となれば、やはり関係性には名前が必要だというわけだ。
杏寿郎と名前には、それが無い。
ゆえに名前は遠慮する。

「......で、俺への手紙は、留守番していたはずの嫁二人からの予告状だったわけだが」

天元がペラリと寄越した手紙には「今から行きます」の文字が。
まるで犯行予告のような文面は、差し出し人によっては恐怖すら感じる。

「煉獄よォ。その文、誰からだ?」
「うむ!これは弟の千寿郎からだ!」
「あー、弟」
「そうだ!俺の自慢の弟なんだ!」

杏寿郎の弟の話なら、耳にタコができるくらい今まで何度も聞かされた。
名は、千寿郎。
面白いくらい杏寿郎と瓜二つらしい。
らしい、というのは、直接顔を合わせたことが無いから。
杏寿郎の弟に対する溺愛ぶりは、天元も前々から知っていた。
ただ、たまたま同じ時代に柱になっただけの巡り合わせ、柱同士で互いの家族の顔合わせなどしない。
そういえば、嫁と顔を合わせた柱は煉獄が初めてではないだろうか、天元はそんなことを考えながら、ワハハと能天気に笑う目の前の鈍すぎる同僚を眺めていた。
まるで他人事のように。
こういう無自覚な輩ほど、いざ自分の本心に気づいた時の反動がとてつもなく大きいことを、天元は知っている。



57 / 表紙
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