藤の花を抜けた先、なだらかな川の流れに沿って、平坦な道を歩いて行く。
気候は、良好。風も穏やか。
散歩には絶好の日和である。
もっとも、これは散歩などという呑気なものではないのだが。

「動きにくいのです」

唐突に、名前は自ら着ていた袴の裾を持ち上げ、そう言った。

「この格好、足はもたつくし、大きく伸ばすこともできません。山を下る時も、何度転びそうになったことか」
「......と、今この場で言われても困るぞ!何故あの村でそれを言わなかったんだ!?」
「女将さんに頼みました。何か、私に合う服はありませんか、と。でも、女将さん、高価な着物ばかり寄越してくるから......とても、汚せないようなものばかり」

女将はまるで着せ替え人形の如く、あれやこれやと上等品ばかり寄越した。
名前の整った顔立ちでは何を着ても似合うので、つい、遊び心が芽生えてしまったらしい。
当時、一般的な女の服装は裾や丈の長いものが多く、動きやすいことを目的としたものはほとんど無かったため、名前が理想とするものは、当然、得られなかった。
結局、名前の衣替えは叶わず、今も尚、当初の袴を着用している。

「自分の服なので、着慣れてはいるんですけど......もっとこう、大股で歩けるような服があったらなぁ、と......」
「むぅ!ならば、あれはどうだ!?」
「あれ?」

杏寿郎は、名前の理想を叶えてくれるような服に、心当たりがあった。
そうだ、甘露寺だ。
つい先程、別れてしまったが。
彼女が着ているような、丈は膝上で、おまけに胸元が大きく開いたーー

「......いいや!思いつかんな!」
「えぇ!?どっちですか!?」
「すまん!気のせいだった!!」
「???」

名前には、あのような服は着て欲しくない、と思ってしまった。
似合うか否かの問題ではない。
間違いなく似合ってしまうだろう。
別に、蜜璃の服装をどうこう言うつもりもなければ、決して悪いとも、まぁ些か露出が多いかな程度にしか思っていなかったんだが。
なんにせよ、甘露寺の服を借りる、という案は、自己却下。
ならば、他にどんな手があるだろうかと思考を働かせ、杏寿郎は今度こそ、妥当な案を閃いた。

「そうだ!鬼殺隊には、服縫製係がいる!俺たちの隊服も、全て彼に作ってもらっているんだ!その者に、名前の身の丈に合った、ぴったりの服を作らせよう!......だが、如何せん、今すぐ対応させるには難しいな......ここはひとつ、何らかの方法で凌ぐしか......うむ」
「なら、とりあえず裾をこう、捲って、結んでおきます」

そう言って、名前は文字通り、裾を膝小僧あたりまで持ち上げ、縛る。
ぎゅっと固結びされ、裾は斜めり、膝下が露出されたので、これで、だいぶ歩きやすくなったと言えるわけだが。

「こら!女性が、そんなふうに足を露出させるんじゃない!!」

なぜか、怒られてしまった。

「でも、このままでは、煉獄さんの歩く速さについて行ける気がしません」
「ならば俺がおぶってやろう!!」
「前にもこんなこと、あったような......いいです、いいです。私、日干し後の敷布団程度に重いので」

そして、半強制的に、否応無しに抱え込まれてしまうところまで、以前と全く同じ流れである。
だが、今回は少しだけ異なった。
杏寿郎は、炎をあしらった羽織を一度脱ぐと、名前を直接背中に担ぎ、その上から、ふぁさ、と羽織をかける。
所謂これは、おんぶである。

「ワハハ!どうやら君は根に持つ性分だな!?」
「えっ......あの、まさか、私を背中に担いだまま次の目的地まで移動するおつもりですか」
「問題ない!なんなら、名前は寝ていても良いが!?」

そんな杏寿郎の無茶振りにも、そろそろ慣れてきた名前。
杏寿郎が如何に力強く、頼もしいことは知っていたので、名前は、素直に甘えることにした。
両腕を杏寿郎の首へと回し、より、身体を密着させる。
布越しに触れた広い背中は、彼の手のひらのように、とても温かくて、名前に絶大なる安心感を与えた。
この感覚を、私はーー知っている。
誰かの背中でうたた寝した幼少期。
何も失っていない、幸せな頃。
いつまでも続くと思っていた、家族との幸せなひととき。

「......とても、心地良いです」

名前はそれだけ告げると、全体重を杏寿郎へと預け、そのうち、すやすやと寝息を立て始める。

「......ううむ......やはり、背中に直接担ぐのはやめた方がいいな......」

名前が完全に夢の中だと悟ると、杏寿郎は、胸の内をぽつり。
必然的に背中に当たる、柔らかな胸の感触に、彼は人知れず赤面した。



25 / 表紙
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