「やぁやぁ、久しぶり。元気そうだねぇ。本当に何よりだ。元気がなくっちゃ何も出来ない。元気さえあれば何だって出来るよ」

陽気な声と共に現れたこの男と相見えるのは、これで三度目か。
通り過ぎようとして引き止められる。
強いて話したいことなど無いのだが。
名前は教会の扉に手を掛けたまま、振り返りもせず言葉を投げ掛ける。

「何か用ですか」
「相変わらず冷たいなぁ。仲良くやろうぜ?同じ鬼同士なんだから。助け合おう」
「助け合う?あなたは私のことを助けてくださるのですか」
「いいよいいよ、助けてあげよう。代わりに君の指を一本おくれ。何なら爪の垢でもいい」
「.....」
「冗談だよ?」

ケラケラと笑う男ーー童磨の戯言を聞き流す。
名前は彼が苦手だった。
幾多もの冗談で巧みに本性を隠している、この道化師のような性格は、生真面目な彼女と相性が悪い。
だが、童磨の方は名前のことを好ましく思っていたし、彼女の味を知っていたので、あわよくばその極上の肉をちょっぴり齧らせて欲しいと目を光らせていた。

「そういう名前ちゃんは何の用かな?まさかクリスチャンだったなんて、教祖をしている身としては少し複雑な気分だよ。せっかくだから乗り換えない?万世極楽教というのだけど」
「生憎、私は無神論者なので。何かに縋るつもりはございません」
「へぇ!気が合うねぇ。俺もだよ。神も仏も人間の都合の良い妄想さ。地獄や極楽も同様.....あ、この話、前にもしたっけ?」
「そういう割に教祖を名乗るなど、まさか自分こそが神か仏だとでも言うおつもりですか」
「そんなまさか!恐れ多い!教祖と神は全くの別物だよ!万世極楽教においての絶対的な神は他ならぬ無惨様さ!」

彼は懐から蓮の文様が描かれた黄金色の扇を取り出すと扇ぎ、微かな風を生み続けている。

「万世極楽教はね、とても慈悲深いんだ。穏やかな気持ちで楽しく生きればいいんだよ。辛いことや苦しいことはしなくていい。する必要もない」
「都合が良すぎるかと.....」
「だが、それが人間の本質だろう」
「.....」
「それで?残念ながら俺に会いに来たという訳でもあるまいし、名前ちゃんはこの場所を理解(わか)っていて来たのかい?」
「分からないですけど.....いますよね?ここに」

何が、とは聞かずとも、童磨には名前の言いたいことが分かる。
彼女の聞きたいことはいつだってひとつだけ。

「あぁ、いらっしゃるよ。“我らが神”がね」
「.....」

名前は、口から出かけた疑問を飲み下す。
恐らく彼は肝心なことを何も知らない。
人をおちょくって楽しんでいるだけ。
これ以上話していても埒が明かない。
気を取り直し、扉を押す手のひらに力を込めると、ギィ、と木の軋む音がした。
少し錆び付いているらしい。
彼の存在などお構い無しに先へ先へと進もうとする名前を、童磨は再び引き止める。
あぁ、またですかとでも言いたげな冷たい眼差しも何のその、よく訓練されている世慣れた笑みを浮かべながら、彼は、

「名前ちゃん。聖母にならない?」
「.....は?」

こんな誘い文句、どんなに長く生きていようとなかなか耳にすることは無いだろう。
始めは聞き間違いかと思ったが、虹色の瞳は確かにこちらへと向けられており、紛うことなき自分への言葉なのだと改めて理解した。
ちなみに聖母とは、人格の優れた尊崇される聖人の母のことである。

「私に言っているんですか?我ながら聖母像から遠くかけ離れていると思うのですが.....」
「なにも聖母の如く全てを赦し、微笑みを絶やさずにいて欲しいなんて無茶なことは言わないよ。ただ、在ればいい。信仰する対象が目の前にいる、そこに存在しているというだけで、哀れな信者たちは救われるよ。ほら、仏教でもキリスト教でも、手を合わせて拝む対象を目に見える形で創るだろう。仏像とか十字架とか、ざっくり言うとああいう感じ。名前ちゃんには万世極楽教の象徴となって欲しいのだよ」
「なら、あの男がやればいい。あなた達の神様なんでしょう?適当に、それらしい顔に擬態でも何でもすればいい」
「それが困ったことに無惨様は宗教活動にあまり良い顔をなさらない。この間も、これ以上は目立つなと釘を刺されたよ。だから、信者もあまり増やし過ぎないように細心の注意を払っているんだ。あまりに魅力的な教えだから入教したいと言う人は絶えなくてねぇ、その度に人数調整を行うのも教祖である俺の役目だ」

人数調整ーーその言葉に孕まれている本当の意味を察し、名前はより嫌悪感を露にした。
この男は異常だ。
頭がおかしい。
そんな男と横に並び、平然と言葉を交わしている自分自身にすら嫌気がさす。
今度こそ、名前は中へと足を踏み入れる。
灯りのない建物の中は夜空の下よりも暗闇に包まれており、何も見えず、何も感じない。
そこには何も存在していないかと思われた。
歩みを進める度に、コツ、コツ、と木を叩くような音が響き渡り、若干遅れて同じような音がついてくる。

「.....ついてくるのは勝手ですけど、話の邪魔だけはしないでくださいね」
「そんな冷たいことを言わないでおくれよ。皆して俺を除け者にするんだぜ。“猗窩座”殿は特に酷い。俺の方が立場は上なのに、ちっとも敬意を示さないんだ。せめて挨拶くらいは.....」

と、そこで言葉は途切れ、あ、と間抜けた声で彼の愚痴は早くも締め括られる。

「.....あは!噂をすればなんとやら!」

暗闇の中で何かが動いた。
無惨ではないけれど、無惨に近い何か。
鬼だ。禍々しい雰囲気で分かる。
だけど、なんだろう。
全ての鬼に対する同族嫌悪に近しい負の感情とは別の、嫌な感覚。

「紹介しよう!彼こそが.....」

次の瞬間、ゴパァッ、と骨の砕ける嫌な音と共に、童磨の顔半分が吹き飛んだ。
遠くで脳髄がぶち撒かれた音がする。
顔の半分が失われても尚、残された身体が崩れ落ちることはない。
辛うじて残された顔の下半分ーー口は相変わらず達者であったが。



263 / 表紙
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