今日も夢の世界を見て回る。これは私に与えられた役目であり、私が生きていく上で必要な仕事だ。
幸せな夢は微笑んで通り過ぎ、悪い夢には干渉し良い夢にする。
悪い夢は人にとって害悪であり、夢魔の私にとっては栄養である。今日も今日とて私は食事を探し人の夢を渡り歩く。
光り輝く幸せな眠りが続く中、ひとつ暗闇に染められた夢が怪しく存在感を放っていた。
「真っ黒の夢だ…」
手ごわそうな、しかしたいへん甘美な食事になるだろう夢。さっそく私はその夢に干渉する。ちょっとお腹が好いていた。空腹は食事の最高のスパイスになる。あとから思えば、少しうかつだったかもしれない。
その夢ではしきりに声が響いていた。反響する。人を蔑み、自然を壊し、世界を嘆き、運命を呪う声が。
まったく嫌な夢だ。さっさと片付けてしまおうと声の発生源へ向かう。黒い大きな鳥を持っていた杖で突き刺す。叫びは止み、黒い鳥は開いていた私の口に入っていく。
美味しい。これは当分食事はいらないかもしれない。私が味わいながら咀嚼をしていると、驚いたような吐息が聞こえてくる。
「君は一体誰だ?」
「あなたはこの夢を見ていた人だね。ひどい夢だ。まるで呪われているようだった」
「…夢なのか?そうか、不思議なこともあるんだな。そうだ、俺は呪われた身だ。一人では寝るのも苦しくてな。最近は女性や酒に頼って安眠を得ている」
髪の長い男は一人で頷いたあと、事情を告げる。不思議な事象に直面していてこの態度。肝のすわった男だ。
「そうなのか、それはさぞ辛いだろう。休息はすなわち活力だ。体から疲れがとれないのは生きづらかろう」
「まったくだ。ジャーファルたちには心配をかけられないし、国政に手を抜くなんてできないしな」
「若い身空ながらあなたには背負うものが多いのだな。だが安心するがいい。悪い夢は私が食べた。安らかな眠りを約束しよう」
ただあの黒い鳥は次から次から湧き出てくるようで、どれくらい安らかに眠れるかは分からない。今も小さな鳥が私たちの周りを羽ばたいている。呪われた身、らしいので仕方ないのかもしれないが。
男の人は私の言葉にあっと言って尋ねてきた。真剣な顔つきだ。
「そうだ、さっき君は黒いルフを食べただろう!大丈夫なのか?あれは人間を堕天させるものなんだぞ!」
「…ルフ?あの黒い鳥か。大丈夫だ。私にとってあれは栄養源だ」
「君は堕天しているのか?」
「していない。ただ、そういう生き物なだけだ。人であるあなたとは体のことわりが違うのだろう」
男の人は考えこむ。
「本当に大丈夫なんだな?」
「あなたは心配性だな。そんなに気になるなら確かめてみればいいさ」
「は?」
「一週間、あなたの体と私の体を取り替えよう。あなたは私が大丈夫なのか確認すればいいし、その間に私はあなたの呪いを幾分か軽くする」
男は呆然としている。
「あなたは冒険が好きなようだし、一週間の休暇だと思えばいい。私の体で世界を回っておいで。国のためとその冒険心を抑えつけることが、呪いを増幅させるのだから」
決まりだ、私はつぶやいて杖を構えた。男は待てと発したがもう遅い。杖を構えた時点で私の術は完成してしまっている。
「一週間後にまた会おう。若き王よ」
男が消え、夢の世界がはじける。覚めていく。光が差し込み目がくらむ。
「おはようございますシンドバッド王よ。朝議をすっぽかすおつもりですか?」
「……」
見覚えのない景色が広がっている。あぁ、これがこの男の世界か。私は柔らかなベッドから起き上がり、呼びかけた主をみる。白と緑の官服を着た男が呆れたように立っていた。
おはよう、と返そうとしたが言葉がでない。あれ、これは、まずいのでは。
「ほら急いで着替えを。王がいなければ示しがつきません。今日はマスルールも時間通りに来ていたというのに」
侍女を呼んだ官服の男は、いまだ声を発しない私に首を傾げた。
「シン?どうかしましたか?」
「……」
喉からはただただ空気が漏れるだけだ。官服の男に喉を指差してから首をふる。
「シンもしかして声が…」
頷く。官服の男は取り乱し、慌てて走り去っていく。
この入れ替わりは甘美たる食事のお返しだったのだが、案外前途多難なようだ。
始まり