(ヤムライハ視点)
シンドバッドの声が戻った。ヒナホホからその知らせを受け取ったヤムライハは身なりを整えることもおざなりに、部屋から飛び出した。
自分自身の目でみて、声を聞いて安心したかった。シンドバッドが変わってしまったのではないかという恐怖を取り除きたかった。
侍女たちはヤムライハの必死の形相を見て。すぐに道を譲っていく。
もどかしいくらい長い廊下が終わり、シンドバッドの部屋へたどり着いたヤムライハ。ノックをしてから扉を開ける。返事なんて待っていられなかった。早く早くと気持ちがヤムライハを突き動かしていた。
「王様!シンドバッド王!」
「ヤムライハ」
少しかすれた、常よりは低い声。穏やかに響く感情に富んだ響き。
眼差しは柔らかく細められ、ヤムライハを見ている。白いルフが部屋中に満ちて。シンドバッドを輝かせていた。
ヤムライハはその美しい光景に息を詰めた。
何事もないかように光を纏う主。世界の血潮に祝福される存在。自分を救い出し、居場所を与え、好きなことをさせてくれている我が王。
「声が!よかった…よかった!」
「ありがとうヤムライハ」
自然に顔がほころぶ。滲む視界。ヤムライハの頭を撫でる輝きの王。
ヤムライハの世界を照らす光。
「おかえりない、王様!」
感情の高ぶりが落ち着いてから室内を見ると、そこは飾り付けられ華やかな装丁になっていた。
王様は自室で酒宴の用意を行っていたらしい。八人将の好物がそれぞれ三品以上用意されたテーブル。古今東西のお酒の瓶を冷やしている瓶。
その室内にいたシャルルカンはヤムライハにうろたえた表情を見せ、ジャーファルは「急ぐ気持ちは察せるがノックしたあと返事は待つように」とたしなめた。
ヤムライハも手伝ってくれないか、とシンドバッドは笑む。
そして準備も終わり、時間は夕刻となり王の部屋に八人将が揃っていく。
「みんなで食事を、と思って。それぞれの任で忙しいから食事を共にする機会も少なかったからな」
酒宴を開こうと思った理由をシンドバッドはそう述べた。その言葉から少しの悲しさや寂しさといった感情が伺えた。
シンドバッドの寂しさを埋めるように酒宴は盛り上がった。
シンドバッドも色んな料理や酒を嗜み、始終朗らかである。楽しそうなところと、悪酔いの兆しがないところに、ヤムライハ安心した。
そして、隣でいかに剣術が素晴らしいかを語るシャルルカンを黙らせるために、ヤムライハは執心することにした。
代わる代わるシンドバッドに話題を持ちかける八人将。酒のグラスを傾けながら受け答えするシンドバッド。穏やかな夜。幸せな時間。
すべてを溶かしてしまうような。甘い砂糖菓子をさらに砂糖をかけたような。
そんな言葉で八人将に語りかけてくる、美しく強い主がいる幸福な夜。