ジャーファルと一緒に話す夢を見た。ジャーファルはシンドバッドを慕っていて、シンドバッドの苦しみにも気がついている。
 しかしその苦しみを拭うことはしない。シンドバッドが望んでいないからだ。
 シンドバッドはある時から世界を救おうと決めた。その信念。信念を折ってしまうことは出来ないのだ。

 黒いルフ、とは運命を呪ったものに生じるもの。シンドバッドは呪われたから信念を打ち立て、自分を守ったのか。信念を持っていたから、それを疎まれ運命を呪うように仕向けられたのか。

 そのどちらか、あるいはどちらでもないかもしれないが、彼が一度“運命”を恨んだのは確かだ。

「あー、」

 シンドバッドとして目覚め4日目。ようやく声が出た。かすれすぎていて、母音しか聞き取れない。かすかすの声だ。
 声が出るということは、私がシンドバッドの体に馴染んできたということである。
 ならばシンドバッドも私の体に馴染んできたということになる。そろそろシンドバッドにも起こるかもしれない。

「ゆめの、ひかり」
「王様…?っ!」

 今日のお供はシャルルカンだったようで、彼は扉を開いたまま驚きに目を見開いていた。こぼれそうなくらいに開かれているものだから、すこし吹き出してしまう。

「お、はよう」

 シャルルカンは、しばらく固まって、それから目尻に涙をためて叫んだ。

「王様がしゃべった!声が出た!やったぞ!ジャーファルさん!マスルール!将軍!」

 それはまだ朝早い王宮の、主に紫獅塔に響き渡った。怖かったのは、シャルルカンが叫んでからほぼ一分以内に八人将の半数が揃ってしまったことだろう。マスルールにいたってはシャルルカンが叫んでから七秒だった。

 ヤムライハは研究疲れで寝ていて、スパルトスは海上警備に出ていておらず、ヒナホホは子どもたちが暮らす家にいるらしいので集まることはなかった。

 それ以外の八人将が、不安げに見守る中私は口を開こうとする。
 シンドバッドならこんな時の第一声は何を選ぶだろうと考えた。しかしそれは無駄になる。私はシンドバッドではない。だから、彼らしい言葉など考えつくわけがないのだ。
 だけど揺れる瞳でシンドバッドを見つめる彼らの期待を裏切ることはしなかった。

「心配を、かけたな」

 小さくかすれた声を、彼らは間違いなく聞き取り、それから爆発するように喜んだ。 

 シンドバッド、あなたは一度運命を恨んでしまった。それは変えようのない事象。けれど、シンドバッド。ねぇ。
 あるいは静かに、あるいは泣いて、あるいは叫んで、あるいは目じりをさげて、あるいは抱きしめてきて。
 こうも喜んであなたを取り囲むこの子たちも、あなたの運命の一部なんだよ。

 私もあなたもそれを知っている。だからあなたの黒いルフはあなたを食い尽くすことはできなかったのだ。だから私はあなたを見つけ出すことができたのだ。

 あなたが正しくありたいと、王でありたいと、世界を救いたいと、願う気持ちが分かる。
 私はあなたではないけれど、今こんなに胸を締め付けるのは、愛しいという感情だ。

 シンドバッド、私は世界が愛しくてたまらないよ。きっとあなたも、そう想うだろう。




 一通り喜び倒した八人将は、各々の仕事に戻る。声が出せるにも関わらず、「まだ本調子ではないのですから」とジャーファルに釘をさされる。
 そんな訳で相変わらず私に仕事は与えられず、今日はシャルルカンと行動するようだ。

 シャルルカンは何がしたいですか王よ!と命令を待っていた。私は少し考えてからシャルルカンに提案する。

 今日の酒宴の準備をしよう、と。

 シャルルカンは私の提案にノリ、かくして宴の準備は執り行われた。




「なんなんですかこれは」

 仕事を早めに終わらせたジャーファルが、飾られたシンドバッドの部屋を見て、呆れた声を出す。
 酒類はまとめて氷水で冷やして、おつまみも準備万端。そこ彼処に花を飾りつけ一見するだけで、王の部屋は華やかになった。

「どうだ、ジャーファル」
「王様と俺で用意したんですよ!」

 きれいなグラスを並べるシャルルカンが、大変だったんですよーと言う。
 そう大変だった。お酒やおつまみを集めるため城下に出ると、引く手あまたで。シンドバッドもシャルルカンも人気者で、こういう時大変かもしれない。

「王様!」

 そう言って走ってやってきたのはヤムライハだ。ヤムライハは私をじっと見て、言葉を待っていた。
 ヤムライハはずっとシンドバッドの声を戻す魔法を考えていてくれたらしい。その研究がたたって今日寝ていたのだと。

「ヤムライハ」
「声が!よかった…よかった!」
「ありがとうヤムライハ」

 感情の高ぶりを押さえきれずに、肩を震わすヤムライハ。私は下げられたヤムライハの頭を撫でた。
 ヤムライハは気を落ち着かせるように息をゆっくりと吸い込み、そして時間をかけてはいた。
 次に顔をあげたヤムライハは、花もほころぶような笑顔だった。

「おかえりなさい、王様!」

 彼女の笑顔に、シャルルカンが固まる音がする。…ほぅ、なるほどね。

 その後、仕事を終えた八人将は続々とシンドバッドの部屋に集まった。酒宴の始まりである。
 私は集まった八人将の席を指定する際、こっそりシャルルカンとヤムライハを隣の席にして置いた。
 なかなかいい仕事したなぁと自分を褒めたのだが、2人は魔法と剣どちらが強いかで口論を始めてしまった。
 みんなの様子を見るに、いつも通りらしいので笑って流す。喧嘩するほど仲がいいかもしれないのだし。

 宴は進み、八人将のみんなの話を聞いた。彼らは我先にと王様に話を持ちかけてくる。
 その様子がかわいく思えて、私は会話を楽しんだ。会話も弾むとお酒を飲む手も進んだ。

 久しぶりにお酒を飲んだので、体が宙に浮いたような心地になる。シャルルカンが飲みたいと選んだお酒はどれも度の強いものだ。
 私はお酒に強くないようで、シンドバッドの体も酒は好きだがそこまで強くはないらしい。
 酩酊した頭でさらに酒を煽る。すると、とても気持ちがよくなって、よくなって、それから、

「シン?」

 ジャーファルの、お酒で少し高揚した声。私は彼の、あれ、私は彼に何をしたんだろうか。さっぱりその先の記憶が、ん?
 ジャーファルが戸惑っていたような、泣きそうになっていたような、いや、でも、あら?
 …思い出せない、だと。




夢魔の4日目


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