心地よい風となりて
謝肉宴が終わった翌日のお昼。私は王宮の鍛錬場らしき場所に立っていた。
「サクラ、昨日話した通り迷宮は死者も出る危険な場所だ。だから今から君を試させてもらう」
「はい、分かりました」
私はアルスたちと旅をしてきた頃の格好をしてきた。魔法使いの師匠に貰った服で、黒いワンピースである。あまりの飾り気の無さに、アルスのお母さんが刺繍をしてくれた私にとって大切な品でもある。
ワンピースの下には…少し恥ずかしいからワンピースで隠して着た天使のレオタード。これは歩くと体力を回復してくれるアイテムである。
その他にも、太陽の扇や豪傑の腕輪・星降る腕輪など、様々な道具を身につけている。まるでアルスたちと旅してたころに戻った心地だった。
「その扇がサクラの武器か」
「はい。武器としては不向きかもしれませんが、この扇は…大事な友だちと揃えた品なんです」
前の世界での友だち・マリベルは、腕力という事情で剣が装備できないことを悔しがってた。仲間内で装備できないのはマリベルだけで(ガボは使いこなせはしないが装備はできた)拗ねていたのだ。
この扇は気持ちと態度が裏腹ぎみな彼女が珍しく満面の笑みで「お揃いね!」と贈ってくれたものだった。
それからはずっと扇を使って、風系の魔法や特技を中心に戦った。戦闘の度にお揃いだとはしゃぐマリベルがかわいかったから、つい。
友だちとお揃い!なんて元の世界では当たり前だったことを、あの時思い出したからという理由もあるが。
「思い出の品か。ジンはそういう物に姿を移すんだぞ」
扇、ジン。この言葉に反応したのはアラジンである。昔出会った扇の金属器使い、パイモンの女王である白瑛を思い出していた。白瑛お姉さん、元気かな。アラジンは考えた。
サクラはなにやら扇を見て考え込んでいるアラジンを不思議に思ったが、特に何も言うことはなかった。
「シン、彼女をだれと戦わせるんですか」
「そうだな…アリババくん、戦えるか?」
「俺ですか?」
アリババくんは慌てたように私を見たが、王様の新しい剣を腕に馴染ませなさいとの言に肯定の意を示した。
「アリババくん、お願いします」
「サクラ、よろしくな!」
私は太陽の扇を構えて、アリババくんは一目で立派だと分かる剣を構えた。
「終了の合図は俺が判断してかける!お互いの力を出し合ってくれ。では始め!」
王様の合図と共に、アリババくんは踏み込んで剣を振るった。私は剣が当たらないように一気に後ろに下がってから、扇を縦に振り下ろす。
太陽の暑さを含んだ熱風がアリババくんを吹き飛ばす。剣と扇ではリーチが違う。近過ぎては扇の私は戦い難いのだ。
「あつっ、なんだこりゃ」
「ただの風じゃない、熱がうまれてる!?あれは魔法道具なのかしら?」
「本当かヤムライハ」
そんなことを話しているのは聞こえず、私は更なる攻撃を加える。
「かまいたち!」
強烈な竜巻を作り出し、アリババくんに襲いかからせる。アリババくんは避けて、私との距離を詰めようと走ってくる。
アリババくんを待ち構えているだけではやられてしまうだけなので、私は扇を色んな方向に振り、最後に横に一閃する。
「しんくうは!」
目には見えない風の刃がアリババくんを攻撃する。アリババくんの体の至るところに大小の傷を作り出す。
本来なら敵の体を真っ二つに裂くくらいの威力がある技なのだが、アリババくんは剣で上手く防いでしまった。
このまま距離をとりつつ風で攻撃して、アリババくんの体力や気力を削ぐ。という作戦もあるが、この試合は王様に力を認めて貰わなければならないものなのだ。
遠距離戦だけ得意という印象を受けてもらっては困る。
しんくうはを受けてもなお走ってきたアリババくんが剣を振り下ろす。私は閉じた扇で斬撃を受け止めていく。アリババくんの猛攻の隙を狙って、回し蹴りを叩き込む。
そこでひるんだ内にせいけん突きでコンボを決める。ちなみにせいけん突きは当たるとかなり痛い。腹に入る技なので胃から消化物が逆流しそうになるほどだ。
「うえっ」
えづいたアリババくんの、剣を持つ腕を押さえ込み、後ろにひねりあげる。
これで反撃は不可能であるし、何より治療ができる。
「ごめんねアリババくん。怪我治すから」
吐き気が未だおさまらない様子のアリババくんに、ベホマを唱える。風によってつくられた裂傷は治された。
アリババくんは敵じゃないから、これ以上戦う必要はない。
王様をうかがうと、魔法使いの人と話していたようだが、終了を宣言してくれた。
「そこまで!もういいサクラの力は分かった。アリババくんは怪我の治療を…」
「いえっ、大丈夫ですシンドバッドさん。怪我はサクラが治してくれました」
アリババくんの体のどこにも怪我が残っていないことを見た王様が、これはサクラが?と尋ねてくる。
「そうですよ」
「ってことはあなた魔法が使えるのね!あれだけ多かった怪我を治せるということはあなたは八型に秀でた魔導師なのかしら!」
魔法使いのお姉さんが嬉々として近寄ってくる。扇を握ってこれはどんな仕組みなのかしら、と触って点検を始めてしまった。戸惑う私にモルジアナちゃんが寄ってきて服の袖を引っ張った。
「サクラさんは体術が得意なんですか?」
「得意というか、体術もなんとか戦える程度には鍛えたから」
そうしなければいけなかった。強大な存在である魔王を倒すために、私は力を欲したのだから。
「私も体術を習っているんです。良ければまた手合わせしてくれませんか?」
モルジアナちゃんがどこか楽しげに…まるで明日が遠足だと言わんばかりに期待にそわそわしながら言うものだから、私は一も二もなく頷いた。
なのに、アラジンくんとアリババくんはあちゃーと言った風に顔を見合わせている。何故?モルジアナちゃん可愛いじゃないか。
「サクラはやけに戦い慣れているな。…サーカス団に入る前は一体何をしていたんだ?」
「三年間、戦い続けてました。ほぼ毎日かかさず」
「何と戦っていたというんですか?」
絶望という大きな敵に負けないように…なんて厨2くさいことを言いかけて止めた。なんか言ったらいけない雰囲気だった。
「何にかとと言うわけではなく、私の国に帰るという目標のためにです。結局その目標が叶ってはいませんけど」
レベル1から強くなって魔王倒したのに、めっちゃ苦労して神様復活させたのに、あれだかんな。神様、私を帰すの失敗しやがったからな!
「でもまぁ明るく考えれば、帰れなかったから皆さんに出会えたわけなんですけどね。それはそれで良かったのかな。うん」
魔法失敗したのは神様だけど、恨んでも仕方ないし。八つ当たりしても良いことなんてないと、私は思う。疲れるだけだ。
1が駄目なら2があるし、2が駄目なら3も4も5だってある。そんなもんだろう人生は。人生や自分から逃げたりしなければ、人は自分が成りたいと願う誰かになれるのだから。
「サクラお姉さんのルフは本当にきれいだね」
「ルフ?…確か大いなる生命の血潮のことだよね」
そう答えたサクラに、彼女にまとっている洗練なルフは見えていないらしい。
私の周りを見たアラジンくんがこんなにきれいなのに、なんだか勿体ないね、と感想を告げる。
「あなたルフが見えないの?なのに魔法が使えるのね!?すごいわ!ねぇねぇもっと色んな魔法使えるのよね!私ともっと話しましょう!」
とても興奮した様子の魔法使いのお姉さんが私にそう言ってくる。王様もそうだな!と同意する。
「良ければ俺たちに見せてくれないか。君の魔法を」
心地よい風となりて
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