舞い落ちる花びら



 

 民衆からの質問に答えつつ、私は王様を目指した。あまりに囲まれてしまって抜け出せないので、宴中にはたどり着けないんじゃと焦ってしまった。
 やっとたどり着いた王様は、おぉサクラ!と出迎えてくれた。

「サクラお姉さんだ!さっきの踊りとっても素敵だったねぇ!」
「ありがとう、君は?」
「僕はアラジン、旅人さ!今はシンドバッドおじさんに世話になっているけどね!」

 青い髪を三つ編みでゆった男の子は、アラジンというらしい。

「俺はアラジンの友だちのアリババ」
「私はモルジアナです」
「みんなサクラお姉さんの踊りを見たんだよ!きれいだったなぁ!また見せてくれる?」

 人懐っこい笑みを浮かべるアラジンくんに、私も笑って頷き返す。

「喜んで!」
「こらこらアラジン、俺にも彼女と話をさせてくれよ」

 王様が私を見据え、話し出す。私も背筋を伸ばして話を聞く。

「君はエルハズネ曲芸団の団員だったんだね。先ほどの舞い、見事だった」
「ありがとうございます」
「エルハズネ曲芸団には昔から在籍していたのか?」
「いえ、一年前からです。砂漠で行き倒れていた私を団長が拾ってくれて」

 あの頃は悲しかったな。やっと帰れると期待したのに砂漠だし、絶対日本じゃないって分かってしまったから。

「あの踊りをたった一年で!すごいなサクラは」
「いえ踊りの勉強は四年前から…そう、私は四年前から」

 世界にひとりぼっちになってしまった。気持ちが寂しさに引きずられない内に私は本題に入ることにした。

「私が迷宮について知りたいと望むのは、故郷(クニ)に帰るためです」
「故郷に?」
「はい、わたしのふるさとは迷宮の不思議な力無くしてはたどり着けない、遥か遠い場所に存在しているのです」

 ざわりと、空気が揺れる。

「君の故郷の名前は?」
「日本、といいます。四季があり、工業生産に秀でた島国です。人口は約一億三千万、軍と呼べるものは存在せず、法で戦争を放棄した国です」

 私が語る日本を信じられないとくってかかる。白と緑のアラビア系の帽子をかぶった一人が言う。

「軍がない?戦争を放棄している?有り得ない。こんな時代に軍が無ければ自国の防衛など不可能だ」
「自然災害や海外救援のための自衛部隊は我が国にもあります。しかし実質的に軍隊と認められていないもので、私の祖国は六十年戦争をしていません」

 言い換えれば、六十年、正式な軍隊が必要になる危機が訪れていないということである。
 王様が興味深げに尋ねる。

「日本は、一体どこにある国だ?」
「この世界の地図上には存在しません。私の国はこの世界とまったく違う歴史と文化を持ち、発展を遂げた世界です」

 信じられないとみんなが目を厳しくする中、アラジンは私に近寄った。

「日本があるのは、こことはまったく違う世界なのかい?」
「そうだよアラジンくん。地球という惑星のほんの小さな陸地に存在している国なんだ」

 私はそこで産まれて生きてきた。いきなり違う世界へ飛ばされ、帰りたいと願うのは必須。だって私が生きたい場所はここではないのだから。

「シンドバッドおじさん、僕はサクラお姉さんがいう地球も日本も存在すると思う」
「アラジン!?」
「アリババくん、世界には自分が想像もできないような不思議なことがたくさんあるんだよ!アモンに入った時、アリババくんも驚いてばかりだったじゃないか?」 

 だから驚きはしたけど、サクラお姉さんの故郷は必ず存在してると僕は思うよ。

 アラジンくんの言葉は、優しく私に染み渡っていく。そう簡単に信じられるわけもない話である。有り得ないと言われればそれまでだ。
 だけど。有り得ないなんて言葉で、地球ですごした私の15年の人生を。私が関わってきた全ての出来事を、蔑ろにして欲しくはなかった。

 想像できないことをはねのけるのは当たり前のことだけど、はねのけられて傷付く人は必ず存在するのだ。

「ありがとうっ、アラジンくん!」
「泣かないでよサクラお姉さん」

 心配げに寄ってきてくれるアラジンくんを抱きしめる。アラジンくんは暖かかった。子供体温というやつだ。

「俺も信じよう!サクラ、君の言葉に偽りは存在しないのだろう?」

 王様が大仰に手を振って私に問いかける。

「はい、嘘偽りはありません。荒唐無稽のように思われるかもありませんが、私にとっての真実です」
「ならば問題はない。さぁ君が知りたがっていた迷宮について話そう!こちらにおいで!」

 王様は自分の膝の上を右手で叩きながら、左手で手招きしてきた。…膝に座れということか?私が困っていると八人将のジャーファルさん(というらしい)が王様をたしなめた。

「シン様、悪酔いしすぎです」
「そうか?まぁサクラもアリババくんたちと同じように腰掛けなさい。短い話ではないからな」

 そうして始まる、絶望の溝に一本だけ繋がっている、希望の蜘蛛の糸のような話が。
 迷宮の基本的な情報は知っていたが、攻略者本人の口から聞くとやはり違う。

「君が知りたいことと言えば、そうだな。迷宮に行く時帰る時の話か。迷宮の内部に入ると異空間に飛ばされるような印象を受けるんだ」

 王様の言葉にアリババくんが「確かに不思議な景色ですよね、あれ」と話す。何故アリババくんが知っているのだろうと私が首を傾げると彼は「俺も攻略者なんだよ!」と付け足した。

 私が感心の息をつく。その間に思い出したようにアリババくんが聞いてくる。

「迷宮はそもそもとても危険な所なんだよサクラ。一万人の重装歩兵が誰一人帰ってこなかった、っていう事実があるほどだ」

 念を押すようにアリババくんが迷宮の危険性を教えてくれる。

「罠や化け物が迷宮内にはいて、ジンがいる部屋にたどり着くのには相当な覚悟や強さが必要になる…と俺は思う」

 出会ったばかりの私を心の底から気にかけてくれているからこそ、出た言葉だと思った。
 アリババくんはとても優しい人なんだ、なんだか分かってしまったかもしれない。アリババくんを見つめるアラジンくんやモルジアナちゃんが、彼をとても尊敬している理由が。

「ありがとう、アリババくん。でも私結構戦えるよ」

 三年間戦いっぱなしだったし、いろんな技覚えているから。多分迷宮に入っても出てこれると思う。
 いざとなれば脱出の呪文であるリレミトを唱えてしまえばいいんじゃないのかな、と私は思案した。

「覚悟だってしてる。私は自分の故郷に帰りたい。帰れなければ、私は生きていても意味がないから」

 宴の会場である広場中央のキャンプファイアから、大きな火柱がたつ。その光に照らされたこの世界の命たちは、目を見開いていた。
 私はこの空気をどうしようと迷ってから、どうにか笑った。

 それが彼らの目に映ったのかは、私が知る術はなかった。



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