謝肉宴の高揚



 

 謝肉宴(マハラガーン)と呼ばれるシンドリア特有の祭りは、年に数回、警戒網をすり抜け侵入してくる南海生物を撃退することで開かれる。
 世界地図の南の海にある大陸はほとんど未開発である。それは南海生物という凶暴な生物が海を支配しているからだ。
 もちろん、シンドリアにも南海生物という驚異がないわけではない。その驚異を宴に変えたのはシンドバッドと八人将の力あってのことだ。

 王と八人将が南海生物を撃退することで国民に安心と信頼を根付かせることで、南海生物の脅威を薄めたのだ。
 仕留めた南海生物は食物に変わる。良質なタンパク質である南海生物を調理し、盛大に振る舞う。

 それが謝肉宴。今日開かれる宴の名前だ。



 サクラは一等優美な踊り子の衣装に着替えて、謝肉宴を楽しんでいた。
 食べ物に舌鼓をうちつつ、昔を懐古する。南海生物から作られた食事が、昔の仲間であるアルスの母親の料理を思い出させたからだ。
 アルスの両親はおおらかで強かで底なしに子どもを信用していた。まったく他人であるサクラを自分の子どもであるように接してくれた、懐の広い人たちだ。 

 じわりと目頭があつくなる。昼についに念願がかなうことになり大泣きしたのに、まだ涙が出るとは。

 頭をぶるりと振り、気持ちを正す。私はこれから王様に会いにいくのだから。

「サクラ!ちょっといいか」
「団長、どうしたんですか?」

 手招きする団長に導かれ、サクラは団長に近づいた。団長は頼むと両手を合わせた。

「頼む!サーカス団の宣伝として踊ってきてくれないか!」
「私が?他の踊り子姉さんズは…」
「みんな祭りを楽しみすぎて私の所に戻ってきもしない!」

 団長はわんわん嘘泣きをした。いい大人が嘘泣きする様は異様で痛々しかった。

「じゃあサクラ行っきまーす!」
「頼んだぞ!」

 踊り子のための舞台があった。私はこれ幸いとばかりにムーンサルトをして舞台に上がる。私が上がる前まで舞台で踊っていたらしい、赤髪の女の子…昼に見た子がえ、と声をあげた。

 他の観衆も突然現れた私に驚いていた。よしよし掴みはOK。この調子でサーカス団の宣伝になってくれ!

 私は一度完全に静止をし、そして躍動する。空を宙を地を自由に動き回る。なるべく激しく、派手で、陽気な振り付けを。笑顔で舞う。
 宴に合った、シンドリア国民が好みそうな踊りを。背中に付けていた扇も使い、扇情的に揺らめいて。

 私が踊り終えると、宴は静まり返っていた。魂が抜けたように見守ってくれていたらしい。宣伝は成功したらしい。
 静かな空気を裂くように、私は声をあげる。

「私はエルハズネ曲芸団の踊り子サクラです。私たちエルハズネは3日後、国営商館の会場にて公演をさせていただきます。興味があれば是非ともご覧になってください!」

 音が戻ったかのようにうわぁぁ!と歓声。なんだよあれすげぇ。お母さん私見に行きたい!もっかい踊ってくれよー!なんて声が響く。
 盛り上がったシンドリア国民。私は団長に向かってVサイン。団長もVサインを返してくれた。
 しかし宣伝は成功したものの、私はシンドリア国民に囲まれてしまった。これでは王様を訪ねるのが遅れてしまいそうだ。




(シンドバッド視点)

「私に迷宮について教えてください!」

 とても真剣な目で語った少女。この願いをもしはねのけてしまったら、きっとこの少女は死んでしまうのではないか。そんな危惧がするほど、切迫した表情だった。

 儚い少女を絶望させないために、俺は少女の願いを了承した。ジャーファルは眉を寄せたが、俺は少女を間接的にでも殺したくはなかった。
 少女は泣きじゃくってありがとうございますと繰り返した。あまりの泣きっぷりに、あのジャーファルが警戒を緩めるほどに。

「謝肉宴の時に私を訪ねてくれ。話はその時にしよう」
「はい、ありがとうございます!」

 そう行って一度は別れた少女サクラ。王宮へ帰るさなか、八人将は口々にサクラに対して話した。

「すっげぇ泣きっぷりだったな」
「大きな水たまりができそうなくらい泣いてたもんね」
「まぁ見た目からまだまだ子どもだろうに、よっぽど強く求めていたらしいな」
「どうするんだシンドバッド」

 ドラコーンに尋ねられ、俺は迷いなく返す。

「話してやるさ。迷宮について知りたいことならなんでも」
「それは危険では?もしかしたら組織と繋がっているかも」
「…でもあの人嫌な匂いがしないっす。組織と繋がっていないと思います」
「私も違うと思います。サクラという子のルフは澄み渡っていましたから」

 マスルールとヤムライハが告げた言葉にジャーファルは考えるように黙りこんだ。

「まぁ様々な邪推はあろうが、俺はサクラなら大丈夫だと思うぞ」

 あれは自分が何かを掴むための必死さのように思えた。他人のために動いているのではなく、本心から自分のためだけに求めているのだ。迷宮の情報を。

「なにはともあれ、久しぶりの宴だ。みんなで盛り上げよう!」

 日が傾き、俺の掛け声と共に宴が始まる。サクラはいつやってくるのだろうかと考えながら、抑えつつ酒をあおる。
 ジャーファルは視線をさまよわせていたが、一方向に焦点を合わせた。
 ついにサクラが来たのか、と俺も視線を向けるがジャーファルの視線の先には先ほどまでモルジアナが踊っていた舞台。
 そこに、月を纏うように飛び上がっていたサクラが着地した。

「あれ、あいつ昼間の」

 シャルルカンが指をさす。それほど離れた距離にいなかったため、八人将全員が舞台に目をやった。

 艶やかな踊り子の衣装に身を包んだサクラは、昼間とはまったく違って見えた。

 着ている布と共に動きをとめたサクラ。そして急に爆発した。体すべてを、舞台すべて、空間をあますことなく使いこなして。情熱的に舞う。
 激しい動きにも関わらず、表情は笑顔のまま。人を虜にするような怪しさすら秘めて。

 言葉にできないとはこの事だろう。目も神経も心もサクラに奪われてしまった。
 サクラは圧倒的すぎて短く感じる踊りを終えた。しんと静まり返った宴。サクラは辺りを見渡して、よく通る声で語る。

「私はエルハズネ曲芸団の踊り子サクラです。私たちエルハズネは3日後、国営商館の会場にて公演をさせていただきます。興味があれば是非ともご覧になってください!」

 そうサクラが発言すると、音が戻ったように歓声に火がついた。国民に囲まれたサクラ。これは私の所に来るまで時間がかかりそうだ。

「エルハズネ曲芸団…昼頃に公演の許可を求めてきたサーカス団ですね。あの子、そこに所属していたんですね」

 ジャーファルが呟くように言う。

「スッゴい格好良かった!ねぇねぇスパルトスもそう思うでしょ!」
「あぁ、確かにそうだな」

 感嘆の吐息とともにスパルトスはピスティと話した。祖国の教えのため、家族や婚姻関係以外の女性とは目をやらないようにしているスパルトスすら、目を奪われていたようだ。

「エルハズネ曲芸団といえば、パルテビアでも話題になっている様子だったぞ」
「それも分かります。さっきの踊り、きれいでした」

 ヒナホホが子供たちに見に行きたい!と懇願されて、おうおう連れていってやる!と豪気に返した。

「これは、また素晴らしい出会いなのかもしれないな」

 俺は民衆の中にいるサクラを見ながら、そう呟いた。



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