私が望みたいの



 

 サクラがシンドリアに来てから4日経った。シンドバッド王から手形をもらったサクラは、王宮の図書館に出入りし、書物を読みあさっていた。帰る手がかりを探すためだ。
 幸いにも、アルスの世界と文字が同じだったので私は本が読めた。

 本で手がかりを探す傍ら、アラジンくんやモルちゃん、アリババくんと仲良くなった。

 モルちゃんと手合わせした時は、死ぬかと思った。速いし鋭いし急所を的確に狙ってくるし。モルちゃんは力が強くて攻撃力2倍にする魔法、バイキルト使って対抗した。
 モルちゃんは私に「今度森へ行きませんか」と誘ってきた。どうしても倒したい鳥がいるらしい。…モルちゃんにも倒せない鳥って一体なんなんだ。

 アラジンくんとは魔法について話した。魔法という言葉を出すとヤムライハさんが飛んでくるのには、毎度毎度驚くしかなかったが。
 ヤムライハさんは研究肌らしく、私が使う魔法について解明したがっているようだ。きれいなお姉さんが瞳をギラギラさせているのは、案外怖い。
 アラジンくんとは度々そんなことをつぶやきあった。

 アリババくんとは冒険について語り合った。アリババくんは冒険譚が好きらしく、アルスたちとの旅や昔漫画で読んだ冒険について語ると目をキラキラさせて聞き入ってくる。
 たまにシンドバッド様が聞いていたりしたが、すぐジャーファルさんに連れ戻されてしまったりもした。

 シンドリアに来てから4日しか経っていないが、3人といい友達になれた。3人といると楽しい時間を一緒に過ごすことができる。

 明日からサーカスの公演が始まる私は、サーカスのチケットを持って王宮にやってきていた。良ければ3人や王様たちを招待させて貰おうと考えてのことだ。

 いつも通りに手形を見せると、門番さんはあぁと頷いた。

「今日王様たちは港にいるよ」
「港に?」
「あぁ煌帝国から使節がくるからね」

 煌帝国は東にある大国で、中国風な国らしい。文献から得た知識を頭の中で思い浮かべる。なら今日はお邪魔になるな、私は門番さんに謝って国営商館に帰ることにした。

 その帰り道に明日から始まるサーカスの宣伝をしながら歩く。先行販売のチケットは売れているが、当日客の確保は重要だ。
 子供たちにせがまれ歌を歌いながら踊っていると、小さな友達が走ってきた。

「サクラお姉さん!」
「アラジンくん」
「偶然だね!今から王宮へ行くのかい?」
「ううん、煌帝国から使節の人が来るらしいから、邪魔になっちゃうし」

 私がそう言うとアラジンくんはうぅんと考え込んだ。そして思いついたように、周りに花を飛ばした。

「なら僕がサクラお姉さんに会いにいけばいいんだね!ならシンドバッドおじさんの迷惑にはならないよね!」

 アラジンくんのあまりにも可愛い発想に私は嬉しくてたまらなくなった。頭をひとしきり撫でると、私はアラジンくんに尋ねた。

「あれ、アリババくんやモルちゃんは?」
「アリババくんは先に王宮に帰ってるよ!モルさんは頼んでた品物を加工場にとりに行ったよ!」
「あ、それもしかしてモルちゃんの眷属器、ってものだよね」

 ジンの力の恩恵を受けることができるという眷属器。モルちゃんはもしかしたらアリババくんが持つジン、アモンの眷属となるやもしれないのだ。
 アラジンくんはモルちゃんの眷属器を楽しみにしているようで、どんな風になったのかな〜と声を弾ませる。

「私も見てみたいなぁ」
「ならサクラお姉さんも王宮へ行こうよ!」
「えぇ!?そんな迷惑だよ」
「うーん、大丈夫だよ!騒ぎすぎなければ!」

 アラジンくんは私の手を引いて王宮への道のりを歩き出した。かくして私は朝にあった門番さんとまた会うことになったのである。
 煌帝国から使節が来てはいるが、王宮は常と変わらない様子だった。シンドリアは他国から訪問者が多い国であるから、王宮仕えの人々はさして戸惑いはしないようだ。

「煌帝国からきた使節ってどんな方々だったんだろうな〜見て見たかったかも」

 アルスたちの世界でもこの世界でも、着飾る人はとても着飾る。金銀宝石の装飾や高級な布で作られた衣服など、現代では見られない装いをするのだ。
 サクラはそれらを毎回興味深げに眺めていた。ザ権力者といった人を見る機会が、日本には見られないからだ。

「あ、ならサクラお姉さん、会いに行こうよ。僕も彼にお話したいことがあるのさ!」

 つくづくアラジンくんは行動派だと感心してしまう。一国の代表に話をするなど、本来は不可能なのだ。
 アルスたちと旅していた時も思ったが、そうそう関われないはずの王族たちにあまりに簡単に出会いすぎてやいないか。

「話に聞いたけど使節として来ているのは皇子様なんだよね。私が話をしていいような人じゃないよ」
「え、でもサクラお姉さんは普段からアリババくんとお話しているじゃないか」

 アラジンくんがあれと首を傾げていう。私はアラジンくんの言葉の意味を理解し、妙な奇声を発してしまった。
 そんな時にアリババくんがアラジン、サクラさん!と駆けてきたものだからタイミングのいいものである。
 アリババくんは王子様らしい。しかし急に態度を変えるのも失礼なので私はいつもどおり、挨拶をしただけだった。




 煌帝国の皇子・練白龍は、痛いくらいに真っ直ぐな青年だった。しかしその実直さが危険をはらんでいるような、危うさがあるというか。サクラはそんな印象を持った。
 アラジンくんに膝をおったときの目は、私と同じように何かを求める瞳だったし。
 白龍皇子がシンドバッド様に呼ばれたため、そこまで話は出来なかったがまた話してみたい相手である。

「白龍皇子とまた話したいね」
「使節はこれから滞在するんだから機会はまだまだあるさ。それにしても、あいつ誰かに似てんなって思ったんだけど」

 アリババくんが頭をかきながら疑問を口にする。アラジンくんはあ、とひらめいたように口にする。

「白瑛さんじゃない?そっくりだよ」
「いやアラジン、俺その人に会ったことねーし。まっ…気のせいかな」

 アリババくんはそうして疑問を吹き飛ばしたようだ。私は2人のこれまでをよく知らないので口の挟みようがなかった。
 そうしていると前方の廊下からモルちゃんが歩いてきた。手には大事そうに宝箱を抱えて。

「あっ!モルさんだ。町の工房から帰ってきたんだ」
「ってことはついに出来たんだな!」
「おーいここだよ!」

 中庭に移動した私たちはモルちゃんの眷属器を見た。炎の鳥の彫刻があしらわれた輪には、細い鎖がついている。
 モルちゃんはそれを足につけた。私はてっきり腕輪だと思っていたから面くらってしまう。

 モルちゃんはいつものように、強い蹴りを繰り出す。が、足輪についた鎖がアリババくんとアラジンくんに引っかかってしまった。
 アラジンくんが別の所に付けてみればと提案するが、モルちゃんの顔は晴れない。

「どこにつけてもこれはただのきれいな飾りだわ…戦いにどう使っていいか分からないわ」

 モルちゃんが困ったようにつぶやく。悩み始める私たちにアラジンくんが問いかけた。

「…モルさんはどう使いたいんだい?」

 ヤムライハさんはどうしたいかを考えることで魔法を考える。眷属器の力も同じなんじゃないかな、アラジンくんは話す。

「私はお二人やサクラさんの役に立てるような力が欲しいです」
「いやぁモルさんは」
「もう十分強いよ」

 アラジンくんとアリババくんが息を揃えて返すものだから、モルちゃんは戸惑ってしまう。
 しかしその言葉の続きに、モルちゃんは眷属器の力のヒントを得た。

「あ、でもあれは助かったな。俺をぶん投げてくれたとき!モルジアナがいなければ、俺は壁を越えれなかったし、空中の敵にも戦えなかったしな!」
「僕も空中で助けてもらったよ!アリババくんやおじさんをびゅんびゅん飛んで運んできてくれたのもモルさんだったねぇ」

 モルちゃんは強い強いとは思っていたけど、まさか自分より年上の男性を運べるほど力強いとは。さらにぶん投げるって、え、モルちゃん力強ぉ…。
 雰囲気を崩してしまうので、私は黙って話の続きを待った。

「すごいねぇモルさんがいると、僕たち、羽が生えたみたいになっちゃうね!」

 アラジンくんの言葉にモルちゃんは瞳を見開いた。そして嬉しそうに、頬を染める。

「私がお二人の…羽…」

 そう言ったモルちゃんはかわいかった。かわいかったが、何か羽の方向性を間違っているような。そんな気がした。
 アリババくんもそれに気づいたのか、「分かりました」といったモルちゃんに問い詰めた。「今なに考えたどんな羽どうする気!?」と。

 あつくなったモルちゃんはアリババくんの質問には答えず、私を見て言う。

「サクラさん、私あなたのお役に立ちたいです。私も帰ってみたい故郷がありますから、サクラさんの気持ち少し分かるような気がして」
「モルちゃんの故郷も遠いの?」
「近いです。船で向かえば半年ほどで行ける距離だそうです」

 あれ、モルちゃんさっき帰ってみたいって言った。故郷は帰りたいものじゃないのか?帰ってみたいってそんな、一度も故郷に居たことがないような。

「そうなんだ。いつかモルちゃんも帰って、親御さんに会えるといいな」
「親、ですか」
「うん、だってモルちゃんがいるってことは絶対両親はいるし兄弟姉妹とか、親戚のおじさんおばさんとかがいて、モルちゃんの帰りを待っているかも知れないし」

 私は無責任な希望を語った。モルちゃんの事情もなにも分からない私が、そんなことを言っていい立場ではないのだが。
 私がそうであって欲しいのだ。私が親に、娘の帰りを待っていて欲しいから。これは私の望みだ。

「はい、そう、かもしれません、ね」

 モルちゃんは声を震わせてしまう。私は慌ててしまったが、アラジンくんもアリババくんも穏やかにきっとそうだよ、と返す。
 笑ったモルちゃん。それを見つめる私たち。そのとき、白いきらめきが視界の端をちらついたような気がした。

 白いきらめきは、私たちを祝福するかのように瞬いて、しかしすぐに見えなくなった。



私が望みたいの


prev next

 top



 
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -