心



(シンドバッド視点)


 中庭でアラジンたちとなにやら楽しげに話すサクラから、少し距離を置いた所で八人将が話し合っていた。

「普通の魔導師はあんなに大きな魔法を連続して使用することは不可能です」
「大技を使えば魔力(マゴイ)が尽きてしまうのが普通ですからね」

 魔力の量が尋常ではないのかもしれない。ヤムライハやジャーファルが出す結論。規格外の魔力を持ってうまれたシンドバッドも、同意見だ。

「でもあれだろ?魔法と金属器は相性が悪いんだろ?迷宮は攻略できても、サクラはジンと契約はできない」
「彼女はジンと契約したいわけではないから、問題ないだろう」
「スパルトスの言うとおりだねー。サクラちゃん帰りたくて迷宮の力について調べてたみたいだし」

 口々に考えをのべる八人将。その考えを聞きながらシンドバッドは思案する。サクラの力をこの世界の未来のために役立てないものかと。
 帰郷を望む少女をどうにかこの世界に縛り付けて、戦力にすることはできないかと。

 アリババとの戦いでサクラが戦い慣れていることがうかがえた。サクラにはためらいがなかった。人を傷付けることに対して。
 それは少女が生死に関わる状況に何度となく置かれたことがあるということだ。戦う、ということを知っているのだ。

 殺傷の事とは裏腹に、他者の生への慈しみも同時に併せ持つサクラは人格者であるとも取れる。アリババの怪我を治したこと、普段から力をひけらかさないことからサクラの心の優しさは伺える。

 戦う意味と守るべきもの、傷付ける側として超えてはいけない一線を、サクラは知っているのだ。
 いずれ訪れるであろう決戦の際に必要で優秀な人材である。簡単には手放しがたいほどの。

「シン」

 ジャーファルが呼びかける。シンドバッドは笑みを作って答えた。

「アラジンたちとも仲良くなったようだし、サクラには城の出入りが自由になる手形でも渡しておこうか」

 ヤムライハも彼女の魔法について知りたいんだろう?と話を振ると、ヤムライハは勢いよく頷く。

「サクラはエルハズネ曲芸団に所属している。シンドリアに滞在する期間は長いだろうから、各々サクラの助けになってやってくれ」

 そうやってシンドリアの誰かと関わって、離れがたいと少しでも思うようになってくれれば。サクラを引き止めることは出来るかもしれない。
 未来を見つめたシンドバッドは、今胸に残るもやに気付かないふりをした。





(主人公視点)


「サクラお姉さんの世界ってどんな所なんだい?もっと教えておくれよ!」

 アラジンくんが目を輝かせながら尋ねてくる。私はついアラジンくんの頭を撫でてしまうが、アラジンくんが嬉しそうなので良しとする。

「この世界と大きく違うのは、言葉かな。私の世界には二百くらいの言語があったから」
「二百!?それどうやって意志疎通するんだ?」
「その国の言語を勉強するの。同時にその国の歴史や文化を学ぶことによって、意志疎通を円滑に進めるの」

 アリババくんは大変そうだなーと目をまたたきしている。モルジアナちゃんはじっとこちらを見つめているので、なぁにと聞いてみる。

「その、サクラさんの世界には…虐げられている人はいますか」

 モルジアナちゃんの質問に、アラジンくんもアリババくんも顔つきが変わった。 

 私もよく考えてから、話しだす。

「いる。国から思想を強制されたり、戦いたくないのに武器をもたされたりしている人が。
でもレームとかエリオハプトで見たような奴隷は、もういないと思う」

 私の言葉にモルジアナちゃんがつぶやく。奴隷がいない、世界ですか。そう呟いた。

「いたんだよ。昔は、たくさん。でもある時、奴隷がたくさんいる国の大統領が奴隷解放宣言を出してね。
その後も人が同じ人を差別するのは間違ってるって世界人権宣言を公布したりして。制度的な奴隷は世界からいなくなった」

 あまり真面目に勉強しなかった歴史を脳みそから引っ張り出しながら、サクラは話す。
 モルジアナたちには多分一生確認しようもないことだ。私の世界の歴史など。
 けれど。あつい眼差しで尋ねてきたモルジアナちゃんの気持ちを無碍にはしたくない。

「でもその後もずっと差別が残って、奴隷だった人たちの子孫は理不尽な扱いをされたりして」

 どこかの国で行われた極端な人種差別を思い出しながら、サクラは語る。もっと真面目に勉強してれば良かったと後悔を踏まえながら。

「その人たちは戦ったの。武器をとったわけじゃない。言葉や態度で差別を無くそうとした」

 4年前のただ甘えたちゃんだった自分からは、生きる姿勢が変わったとサクラは思う。
 親に甘えて、友達につきまとって、携帯に依存して、面白さだけを求めてテレビを見続けていた、どこか満たされないと感じていたわがままな子ども。

 わがままな子どもは放り出されてから知ったのだ。親の有り難さも、連むことの怖さや安心も、生活の利便さも、自分が幸せ者だったことを。

「その人たちを見た、色んな立場の人が考え始めた。本当に差別をしたままでいいのか。おかしいんじゃないのかって」

 サクラはなにも知らない。サクラは真剣に勉強をしてこなかった。世界や社会などどうでもいい、どうせ役に立たないと決めかかっていた。
 それは自分の人生を諦めていることと一緒なのも気づかずに。

 自分は与えられるばかりだったのに、それを当たり前のように受け取るだけで、感謝も感動もしていなかった。
 本当に、今更気づくなんて間抜けもいいところだ。

「制度としての奴隷がいなくなってから百年ほど経ってようやく、奴隷だった人たちとその人の先祖は、本当に自由になれたんだよ」

 まだサクラの知らない所で蔑視は続いているかもしれないが、ごく少数になっていると思う。

「自由、ですね」
「世界をより良い方向へ導こうとしている言葉には力があるんだよ。彼らの言葉は正しい世界のあり方を考えたものだった。だから私の世界からは奴隷がいなくなった。
そう、この世界のことを真剣に考えている人がここにもいるから、」

 いつか奴隷はいなくなると思う。

 私の長い話を、3人は神妙な面持ちで聞いていた。モルジアナちゃんは目をきらめかせていた。私は彼女の人生を思って、彼女に笑った。

「過去はどうにも変えられないけど、未来なら変えられる。彼らは過去だけを恨まず、未来の希望を見つめていた。
どんなにつらくても幸せに歩いていこうとする、その心が、世界を揺るがす言葉をつくり出す」

 それが人間のあるべき姿なのではないか。そうであって欲しいと、望む。

「はい」

 モルジアナちゃんはそれだけ言った。それからは黙って何かと戦っているように難しげに表情を変えた。 

 アラジンくんもアリババくんも沈黙し、考えている様子だった。

 あたたかな日差しが降り注ぐなか訪れた沈黙は、しかし気まずいものではなく、私たちに必要な時間であるかのように当たり前に存在していた。





話中に史実が混じりました。これはあくまで主人公の主観であります。皆様、様々なお考えをお持ちだと思います。あくまで一意見としてお読みください。

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