「よっ」
「千歳…」

玄関の前に立つ大男を見ただけで先ほどまで切り詰めていた心に安心感が出て来た。姿を見るだけで安心できるのは俺が千歳に心を許しているからだろう。立ち話もなんだからと、部屋へ誘導する。



「顔色悪かね」

部屋に着くなり心配そうに気を配ってくれる千歳に少し涙腺が緩んだ。フと視線を落とすと、千歳の手に握られた紙に目が入った。

「なんそれ?」
「え、ああ電車で…白石に会って…」
「そんで…?」

それで…と千歳は視線を泳がせて申し訳なさそうに口を開いた。

「…謙也んとこ行こうばしよっとけん」
「え、」
「だけん…かえっ」
「おおきに」

千歳が言い終わる前に言葉を塞ぐように礼を言った。
これ以上言わせるのは申し分けなかった。白石と千歳は仲は悪くない。だが、自分と白石の仲が悪いせいで千歳にまで影響が行ってしまった。千歳はいい奴だから多分何かしらのことは言ったのだろう。

「ごめんな俺のせいで。白石と千歳は仲悪なかったのに…」
「そんなん関係なか。謙也の敵は俺の敵だけん」
「千歳……ほんまおおきに」

よかよか、と千歳は満足そうに笑った。この暖かさは俺にとっての救いだった。何度お礼を言っても足りないくらいだ。
おおきに、もう一度、今度は少し笑みを乗せて言ってみた。するとソッと千歳の手が頬を触れた。

「元気になりよった?」
「千歳が来てくれたっちゅーだけで…だいぶ元気になってきたわ」

右頬を滑る大きな手は温もりと優しさで満ち溢れていた。右頬に置いてある手に自らのそれを重ねると、千歳は一瞬驚いた表情をしたがすぐに嬉しそうに微笑んだ。

そんな表情をみて、ようやく決心が着いた俺は大きく息を吐いた。

「千歳に…全部話すわ」

2年前のこと、今までのこと、昨日のこと。





最初入学したときは白石のファンやってん。俺、小学のときからテニスしよってな、ちょうど同じ大会に白石がでとってん。めっちゃ綺麗なテニスするやつおるなぁ思うて、気付いたら決勝まで全部白石の試合見とったわ。見惚れるくらい綺麗なテニスやった。しかも、集中しとるときの顔とかめっちゃカッコいいねん。ボレーもサーブもレシーブもボレーもどれも完璧で小学生の俺から見たらスーパーマンみたいやったな。
そんで、大会の時んこと書いとる雑誌を買って何ヵ月も重宝しとったわ。アイドルの追っかけみたいやろ?今考えたら昔自分がしよったことが恥ずかしいわ。
そんで四天宝寺に入学するのを決めたのも、風の噂で白石が四天に入るっちゅーの聞いて、追っかけるように入ってん。
変な話やろ。今じゃあそんな憧れの相手に苛められよる。
アイツはもう覚えとらんかもしれんけど、入学式んときに仲よう話したんやで。仲ようゆうても、俺が一方的に話よっただけやけど。白石なんか迷っとるみたいやってな、テニス部探しよんやろうなぁって言うのはなんか分からんけど直感したわ。そんで、めっちゃ緊張して声掛けたら案の定迷っとってな、俺が案内してやったんやで。アイツやって少しは楽しそうにしとったって思うとったんやけどなぁ。俺の勘違いみたいやった。今、考えるとめっちゃはずいわ。
…その次の日からかな、白石から苛められ始めたんは。俺、この髪で入学したから3年の先輩から目ぇ付けられてん。そんで、入学して2日目で呼び出し。旧校舎の理科室に呼び出し食らって、蹴られたり殴られたりとりあえずボコボコにされたわ。で、なんでかそこに白石が来て、ああ嫌なとこに鉢合わせたなぁってぼろぼろやったけどそんなこと考えよった。案の定先輩の1人が白石に目ぇつけて、俺に友達かって聞いてきたけん否定したわ。やって肯定したら白石までボコボコにされとったかもしれへんし…白石には迷惑かけたなかってん。そんで次は先輩が白石連れてきて「殴れ」ゆうて命令して、心のどこかで殴られないっておもっとった。だって憧れの人やったから。美化しすぎとったちゅー話やな。
殴られたわ。右頬。
痛かったけど、それ異常に心が痛かったわ。心臓が潰されるみたいな感覚やった。白石の顔見たら、酷い顔しとってん。怖いとかそんなんやなくて、ああやってしまった、みたいな顔やな。あと凄い辛そうやった。
多分あの綺麗な左手はテニスの為に使ってきたから人を殴るなんてなかったやろうな。変な話やけど…俺、被害者なのに凄い罪悪感が沸いてきてな。なんか知らんけど泣きたなった。
ま、そんでその日から白石から苛め受け初めて、苛めはエスカレートするし、友達はほとんど出来んかったし最悪やった。でも、あれ以降殴られるっちゅーんは無くなったわ。ああ、もう白石は俺の理想の白石やないんやな思ってずっとキライやキライやって最初のうちは思い込ませよった。重宝しとった雑誌も燃やした。
そんで昨日、今までで一番酷いことされた…っちゅーても精神的にやろうな、これ。
白石からキスされてん。ああ、別にそれ以上のことはされてないんやけどな。なんやろ、そんなにキライなら殴って貰った方がええなって最中ずっと思っとったわ。やって、そのキスに反応してしまうのおかしいやろ?キライなのにいちいち反応起こすって…。気持ち悪かった、自分が。そんで反抗できない自分に腹がたった。

なんやかんやで多分…まだ俺ん中で憧れの人やったんやろな。




そこまで話すと、ずっと黙って聞いていた千歳が体を覆うように抱きついてきた。何事かと思って顔を上げると悔しそうに歯噛みしている千歳と目があった。

「泣いてよかとよ」
「な、何いっとんねん」
「じゃけんそんな顔しなさんな」

ぎゅうと抱き締める腕に力が入る。その温もりに今まで溜めてきた全てを流れ出すような感覚になった。
ああダメだ泣いてしまう。そう思ったときはもう遅くてすでに涙腺は決壊していた。

「ち…とせ……寂しかった…辛かっ…た…」
「わかっとう」
「ず…っとずっと…白石に憧れとった…ああなり…っ…たかった…っ」
「謙也は白石にならんでよか。謙也は謙也でいっぱい良いとこもっとうよ」
「…ちと…せ…」
「謙也は俺が守るけん…」
「…おおきに…っ…」

千歳の背中に手を回して、今までの思いを全て流すように泣き明かした。
優しく背中を叩いてくれる手はやはり温かかった。
その優しさに思いが零れてしまった。


「俺、多分…白石を……キライになれん…」


──千歳の手が止まった










つづく












まさかの千謙フラグ…だと…(^q^)
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