入学式の次の日。
早速、お礼を言いに行こうと思って、忍足謙也という奴はいないかと、人づてで探していると案外早く見つかるもので、旧校舎の理科室にさっき行っていた、とのことで向かってみた。しかし、なぜ使われていない旧校舎にいるのだろうか。疑問に思いながらも歩を進めた。

旧校舎はかなり古く一歩踏み出すごとに木製の廊下はギシギシと音を立てている。理科室の札を探しながら歩いているとドンッ!とかなり大きな物音がした。何事かと思い物音がした方向へ急いだ。

物音がした教室は『理科室』だった。

扉の前に立ちドアに手を掛けた。嫌な想像が頭を駆け巡った。不安を打ち払って勢いよくドアを開けた。

視界に入ったものに唖然とした。

床に腹を抱えて倒れ込んでいる忍足謙也と周りを囲む上級生の姿。
やはりそこにあったのは嫌な想像だった。

「忍足?お前の友達か?」

髪を鷲掴みにしてグイッと顔を上げさせられ苦しそうに眉を寄せる忍足と目がかち合った。俺はその場に立ち竦んでしまって、忍足を助けに入ることができなかった。

「ちが…い…ます」

絞り出されるように忍足は声を発した。俺は今、忍足に守られている。ここで忍足が「そうや」と答えたら俺もボコボコにされていただろう。しかし、安堵なんかできる筈がなかった。
上級生の1人が俺の方へ近づいてきて肩を掴んだ。そのままずるずると謙也の前へ連れていかれた。

「殴れ」
「っは…?」
「友達や無いんやったら殴れるよな?」

ほら。手に力が入る。

ここで歯向かったら俺まで──…

ガツッ

鈍い音が古びた教室に響いた。それは間違いなく俺と忍足から発せられたものだった。

だって俺が殴ったのだから。

無意識に動いていた左手を見て、忍足の顔を見た。目を見開いていた大きな瞳が揺れている。

ごめん

心の中で謝っても許される筈がない。でもただ呆然とする心で、ごめん、ごめん、ごめん…何度も謝り続けた。

お礼を言えなくてごめん
せっかく守ってくれたのにごめん
殴ってごめん
止められなくてごめん

不甲斐ない俺でごめんなさい


全ての始まりはその暴力からだった。

次の日から、なぜか先輩に気に入られてしまった俺は率先として忍足を虐めるようになっていた。ただ、あれ以降は一度も手は出さなかった。

あの日以来、ずっととれない左手の感触。間違いなく忍足の頬を殴った左手。違和感が拭い捨てられなくて、暗示代わりに包帯を巻き始めた。最初のうちは左手だけだったが這い上がる左腕の違和感に最終的には左腕ほぼ包帯を巻き付けていた。

いつの日からか、自分は忍足がキライだと、自己暗示を掛け始めていた。
エスカレートしていく虐め。自分の周りに集まる人。謙也から遠ざかる人。

全てがあの一発で変わってしまった。
















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