「謙也」

名前を呼べばワンテンポ遅れて振り向く。少しの間が空いてから「どないしたん…?」と小首を傾げた。

首を傾げたいのはこっちだ。

ここ数日、謙也の様子がおかしい。名前を呼んでもすぐに返事をしない。少し会話をするだけでも何かを探すように少しの間を開けて話す。一人でいるときはちょっと足を動かしたりするのではなく、呆然とその場に立ち尽くし空を見上げている。

以前の謙也はこんなことはなかった。

いつも忙しなさそうに足や口を動かして、少しは落ち着けとみんなから注意を受けていたくらいだ。浪速のスピードスターと称されていたが、今ではその名前すら擦れて見える。

謙也、

もう一度名前を呼ぶと、なんやねん、と返ってくる。

「謙也…俺の名前呼んでみて」

瞬間、謙也の顔が曇る。なあ、と急かすと口をパクパクと動かして目を背けた。シーンと二人の間に沈黙が流れる。

謙也は即答してくれない。
いや、答えれないのだ。

謙也、としつこいが名前をもう一度呼ぶと、びくりと肩を震わせた。


「いつから俺のこと忘れたん?」


謙也の双眼が大きく揺れた。











fin







記憶を無くしていく謙也のお話。





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