──コンコン

高級感溢れる木製のドアをノックすると、間一髪入れずに「入ってええよ、謙也」と部屋の中から返事が帰ってくる。まただ。なぜかこいつ──白石にはドアの外にいる俺を認識できる。最初こそは気味が悪いと思ったが、今はそんなことはどうでもよくなっていた。
白石に雇われて早一年が経とうとしていた。相変わらず俺はコイツが嫌いだ。一年前、初めて会話をした。俺を買い取るという話を。当時、父親が俺と弟を残して姿を消した。残された俺には絶望の文字しか見えなかった。だが翔太だけは俺が面倒を見なければならないという兄としての義務感があった。不景気の現代、中卒を雇ってくれるところは少ない。それに、二人分の生活費を稼ぐのには厳しい。
そんなときだった。中三の最後の冬、卒業間近で俺は就職先を探すのに精一杯だったとき、白石が俺に声を掛けてきた。

「忍足くん、ちょいええ?」
「あ、うん」

白石は学校で有名人だった。大富豪の息子で眉目秀麗、才色兼備。完璧という言葉は白石の為に作られたのだと、女子が騒いでいるのを聞いたことがある。白石とは同じクラスだが喋ったことはなかった。一度、テニスの大会を見に来ていたのは知っている。チームメイトの小春が、あの白石蔵ノ介くんが来とるでー!と騒いでいたから。キョロキョロと辺りを見回すと本当に白石がいて、ゴツいSPを両端に置いて立っていた。チラッと見ただけだったが、一瞬バチリと視線が合ったような気がして思わず視線を外してしまった。
それからは、同じクラスになっても特に接点無く顔見知り程度で過ごしていたのに、いきなりの対話に少し驚いた。誘われるがまま白石に付いていくと、今はもう使われていない教室に連れていかれた。もちろん、人などいる筈はなく古びれた机や椅子が乱雑に置かれていた。

「話ってなんやねん?」
「単刀直入に言うけどな、忍足くんを買っていい?」

ニコリと微笑みながら男は言った。しかし、その笑顔には似つかわしくないほど信じられない言葉を俺は聞き逃してはいなかった。数回瞬きをして男を見るが、白石はニコニコと笑みを絶やさない。

「大変なんやろ、家」
「……」
「弟さんは従兄弟に引き取ってもらうん?」
「…父さんが起こした不祥事なのに…従兄弟にまで迷惑は掛けれん」
「じゃあ、弟さんは忍足くんが育てんねやろ?」
「…せやけど」
「でも就職先見つかっとらんのとちゃう?見つかってもあんまりお給料貰えんやろな、若いし」

なんで知っている、どこまで知っている、どうしたい。怒りでも、悲しさでもなくただただ恐怖心が込み上げてきた。

「せやから、俺に買われてみん?お給料は弾むで」
「……」

白石の言葉から嘘は感じとれなかった。寧ろ真面目にこんなことを言うのだから、逆に怖い。確かに就職先の目安は立っていないし、働けても生活は厳しくなる一方だ。揺らぐ俺の気持ちを読み取ったのか否か、白石は追い討ちを掛けるように口を開いた。

「弟さん、育てたいんやろ?」
「……翔太を…中学、高校卒業させるまで…」

買われることを承諾した。白石は目を細めて笑った。楽しそうに。

中学を卒業して、俺は本格的に白石の家で働くことになった。朝、昼は執事として白石の身の回りで働く。そして夜は白石の相手。最初はとにかく衝撃が強すぎて理解するのに時間が掛かった。じくじくと痛む心や体に泣いた日もあった。日に日に大きくなる主に対しての嫌悪感。もう今では隠すのもめんどくさくなっているが、それでも白石は楽しそうにニコニコと笑う。
何がそんなに楽しい。何がそんなに可笑しい。白石が全く分からない。




「失礼します」
「いらっしゃい」

ガチャリとドアノブを回すと、白石はソファーの上でごろりと寝転がっていた。ソファーに近づき用件を話す。

「旦那様がお呼びです」
「なあ、謙也。髪ちょい明るなってきとんとちゃう?うん、そっちの方がええわ」

しかし、俺の話に耳を傾ける気などない白石はニコニコと笑って話題をわざと反らす。

「旦那様がお呼びです。御支度を…っつ!」

いきなりグイッと腕を引っ張られそのまま体勢を崩す。気づいたら、覆い被さるように押し倒されていた。ああ、ヤバい。と脳内で警報が鳴り響く。

「お止めください…!!」
「ちょい今日は体調が悪いから行けんって父さんの執事に連絡入れといて。あと部屋には誰も来るなって」

いつの間にか抜き取られた携帯をぶらぶらと目の前で揺らす。

「ふざけん…」
「謙也、め・い・れ・い」

命令という言葉に思わず押し黙ってしまう。チッと目の前の主人の前で舌打ちをつき携帯を奪い取る。それでも白石は機嫌が良さそうにニコニコと笑う。それを尻目に旦那様の執事に電話を入れる。

「もしもし…忍足です。蔵ノ介様の御体調があまりよろしくないようなので、そちらに参れないことを旦那様にお伝えください。…それから、1人にしてくれれば大丈夫と仰っていますので、蔵ノ介様のお部屋には誰も近づかせないようにしてください。…はい、では失礼します」

ピッと電話を切ると、ニコリと楽しげに笑う白石と目が合う。

「ほな始めよか」

ああ、腹が立つ。







end











陽菜様、りさ様、明日香様に捧げます。
相変わらずギスギスしててすみません。ギスギスした蔵謙って書きやすいんですよね、ビックリ。
蔵謙と言っても確実に謙也のベクトルが白石の方向に向いてませんね。寧ろ弟命の兄ちゃんですね。ブラコンブラコン。

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