行方知らずなコイゴコロ(1)



我が校の図書室はそれほど広くないが、なかなかの蔵書量を誇る。しかし読書離れのせいか、図書室に来る人は少ない。
雑誌も置いてあるので、昼休みにはそれなりに人が来るが、放課後は本当に少ない。カウンターから見えるが、多くても片手で数えられる数だ。

ただ、いつも一人はいる。名を春賀雅といい、名前っぽい名字の人ということで、割とすぐに覚えた。クラスは一年六組二十七番。好みの小説はべたべたの恋愛小説。べたが悪いとは言わない、むしろ好きな方だが、それにしてもそのような小説しか読まないのだから、彼女は実に甘党だ。

なぜ詳しいのかと言うと、我が校の図書室は本を借りるには、自分の図書カードに借りる本のタイトル、貸し出し日、返却予定日の日付を書かなくてはならない。そしてその情報を図書部員がファイルに書き保存するという、このコンピューター中心の時代に逆行した方法をとっているからだ。ちなみに図書室には薄型のノートパソコンがある。訳がわからない。
まあそれはともかく、その方法のおかげで、俺はよく本を借りる人の名前と学年クラスと顔は記憶している。これは春賀さんに限らない。

じゃあ何で本の好みまで把握しているのかと言えば、春賀さんが読んだ本を俺も何冊か読んだことがあるが、その全部がベタな恋愛小説だったのだ。読んだことがないものも、有名な作品であらすじを知っていたり、タイトルから恋愛ものだと判断できたりするので、好みを把握できたのだ。
たまに本を借りるくらいの人は、逆に借りる本の傾向が偏っていて好みがわかりやすかったりするが、春賀さん並みに借りているひとでここまで簡単にわかる人は、他にいない。

ちなみに俺は春賀さんについて多少知っているが、向こうは名前すら知らない。よくて図書委員もとい図書部員の人という認識だろう。当たり前だ、喋ることがないのだから。名前と顔を覚えるまでは、学年クラス出席番号を聞いていたが、今では顔を見ただけでカードを出せるような仲になっている。一方的に。

で、長々と春賀さんの話をしてきたが、俺は図書部員だ。受付だけが仕事ではない。返却された本を書架に戻すのも仕事の一つである。
本を借りる人は多くはないが、それなりにいる。なので書架に戻す仕事は毎日あるが、量は多くないので、楽な仕事ではある。ただし、昨日の当番の奴がサボりやがったので、今日の本はいつもより多かった。
聖書から参考書まで、本の種類は様々だが、一番よく借りられるのはやはり物語系である。今日戻す本も、そればかりだ。

あまり広くない図書室に大量の蔵書があるのは、書架の高さが高いからだ。一番高いところは、170cmと誇りも貶しめもできないなんとも中途半端な身長の俺が、脚立の一番高い所に登らないと届かないほどだ。
今日の返却本はそんな高いところの本が多かった。嫌がらせだ。

本を戻している時、本を読み終わったらしい春賀さんがこちらに来た。本の返却だ。背表紙にある図書番号を見ると、ちょうど一番上の本だった。
春賀さんは小柄ではないが、凄く高いわけじゃない。せいぜい160cmくらいで、戻すのには少し大変だろう。取り出すのも大変だっただろうが、その時のことを俺は知らないので、置いておく。

「それ、戻しましょうか?」

笑顔で尋ねる。ふいと顔をそらされ、大丈夫ですと言われた。仕方ない。春賀さんに任せよう。顔を背けられたことに泣いてなんかいない。
脚立を降りて、手を伸ばして届く高さの位置にある本を入れる。これだけならいつも楽なのに。

全部入れ終わって、ふと春賀さんの方を見ると、脚立の決して広くない幅のところで背伸びをしていて、何とも不安定だった。転けるんじゃないか。

「春賀さん、やっぱり俺が入れますよ。危ないから」

そう言うと、春賀さんは俺をちらりと見て、素直に脚立からおりた。俺は本を受け取り、戻す。10cmの差は大きいのだ。

「…ありがとう、ございます」
「春賀さんが怪我する方が大変だし。このくらいなら、気軽に頼んでください」

そう言って笑うと、春賀さんは小さく頭を下げて、すっと俺から離れた。そして鞄を取り、図書室を出て行った。
時計を見ると、午後五時半。閉館時間である。だから春賀さんは離れたのだろう。だから、泣いてなんかないってば。



 

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