二枚刃に媚薬 | ナノ
もしもの話に意味などない。
だからこれは、意味のない話だ。この世で最も意味がないと言っても過言ではない。
いや。さすがにそれは言いすぎか。
「もし」
僕も彼も、この言葉がくだらないものだと知っている。けれどこの言葉を多様する。実にくだらない。
「僕と君が敵じゃなかったら」
ありえない。
「僕は君を愛せたかな」
ありえない。
僕が彼をアイサナイことの理由に、彼が敵であることは含まれていない。愛したかったら、敵だろうとなんだろうと勝手に愛する。
僕は今のところ彼を愛していない。それだけのことだ。
「もし君が鬼じゃなかったら」
ああ。
それでも多分、おそらく、僕は彼を愛さないだろう。断言はしないが。
ああ、ならー。
「君は僕を愛せた?」
こっちのほうがまだ可能性がある。
そんな思いを砕くみたいに、彼は首をふる。
ありえない。
敵じゃなくても、鬼じゃなくても。
もっと言えば僕が僕じゃなくて、彼が彼じゃなくても。
僕が彼を愛して、彼が僕を愛することは。
ありえない。
「なら、どうすれば僕は君を愛せる?」
そんな方法がないことを知っているのに、聞く。知っていても、わかっていない。
彼がはじめて口を開いた。
ない。
それだけ。凍てついた紅玉で僕を見据えて、ただそれだけ口にした。
「なら、もし僕が君を愛したら」
この時点でありえない。
「君は僕を愛せる?」
愛せるわけがない。
彼の唇を指で撫でて、それからそこに自分の唇を重ねる。
舌を絡めて、唾液が唇のはしからこぼれ落ちていく。
鎖骨に手を這わせ、もう一方の手で帯をはずーそうとしたが、うまくいかない。
「自分で脱いでよ」
唇をはなしてそう促すと、彼はまゆをしかめつつも、しぶしぶといった体で脱ぎ出す。
それを確認してからもう一度唇を重ねる。
白い肌のそこらじゅうに花びらを散らす。手首をつかんで、掌に唇を押し付けた。
(君をあいしたい)(僕を愛して)
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ありえないけど、それでも愛して
掌へのキス→懇願