「好きだよ」

沖田は風間を力いっぱい抱きしめる。
学校からも近く、日もまだ高い。人が来る心配もなくはないから、本当はこんなことをしてはいけないのだけれど、それでも堪えきれなくなった。

 「放せ」

「やだ」

 
 風間の抵抗を沖田はいとも簡単に抑え、沖田はぼんやりと思う。
 ずっと昔、風間が鬼だった頃なら、こうは行かなかったんだろう。けれど、今は風間もただの常人だ。
そのことに少し前までは酷く違和感を覚えたけれど、今はもうなれた。

 「千景はさ、僕のこと嫌いなわけ?」

「もうその手には乗らぬ」

少しだけ抑えた声音と真剣な顔で尋ねてみたが、軽く流された。
 可愛くない。いや可愛いけど。でも、前まではだまされてくれた。

 彼を抱きしめる腕に込めた力が、知らず知らずに大きくなった。
それが苦しかったのか風間が再度不平をもらす。

「おい、放せといっているのが聞こえぬのか」

「聞こえてるよ」

「ならば放せ」

「やだ」


 さきほどと同じようなやりとりをする。
風間は諦めモードに入ったのか、疲れたのか解らないけれど、素直に身体を預けてきた。
沖田も腕の力を緩めた。

 そして風間の肩口へと顔を埋める。
また少し、細くなった気がした。
 ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 「千景、好きだよ」

いくら言葉を重ねても足りない気がするから。
何度も何度も繰り返す。
それでも、何度言っても足りない。

「好き、愛してる」

それどころかどんどん軽くなっていく気がした。
 沖田は何度も何度も同じ言葉を繰り返す。風間もそれを黙って聞きながら、胸へ顔を埋める。

 


 今此処で生きていることが奇跡だから。

隣で笑えることが、何のためらいも無く言葉を交わせる「今」が、嘘みたいだから。
 




 「沖田」

風間が急に顔を上げ、沖田の目を見つめる。
 見上げてくる赤は、紅い瞳は、人間の中では異質で、とても苦労していたけれど、それでも、綺麗だと・・・思った。

「・・・・・・何?」

「俺は言葉など望んではおらぬのだ」


唐突な言葉に沖田は一瞬考え込み、直ぐに聞き返す。

「・・・・え?」

「だから、俺は―っ!」

風間は苛立ったように沖田の襟元を引っ張り、自分の顔へと近づける。


 互いの唇が触れ合いそうなくらいの距離で、風間は珍しく息を荒げて言い放つ。


 「貴様と、今此処で、共に在れるだけで十分だといっておるのだ!」


 そのまま勢いに任せ、唇が合わせられる。
全てを飲み込むような荒々しいキス。




 
 「―っは・・・・」

離れていくぬくもりを名残惜しく感じながら、息を吸い込む。

 ・・・・え?

唇をなぞって、目を瞑る。それでも・・・


 「千景、ごめん。もっかい言って」

さきほどの言葉がいまいち信じられず、沖田は思わず言う。

風間は一瞬躊躇ったが、やがてやけくその様な口調で言った。


 「何度でもいってやろう。俺は貴様以外など必要としない。十年後も、二十年後も、これから先、永遠にだ」



吸い込まれそうなぐらい強い意志をたたえた瞳と、その赤に負けないぐらいに染まった頬で、いままでもこれからももう絶対に聞けないような言葉を言った彼がとてつもなく愛しくなって、沖田は彼の身体を再び強引に抱きしめた。


 今度は風間も抵抗しなかった。



***************


 





 「人間の身体とは、不便なものだな」

帰り道、すっかり暗くなった夜道を歩きながら、風間が独り言のように呟く。

「え?」

「傷もすぐには治らぬし、体力も少なくなった」


 鬼とは違った点が、不便だと漏らす風間だったが、一度も鬼に戻りたいとは言わなかった。



 わかっていたから。人間だからこその幸福もあると。


確かに、寿命は短く、いつ死ぬかも解らない。
十年、二十年後の約束なんて、当てにならない。

 けれど、確かなのは、
今度は同じ時間がすごせるということ。
最初から幸福を諦める必要は無いのだということだった。



 「そうだね。でも、それぐらいが君にはちょうどいいよ。自覚があるんだったら、少しは自分を大切にしなよ?」


「五月蝿い。貴様にそんなことを言われる筋合いはない」

「あるでしょ?これからもずっと一緒なんだから」


    
    続く限りの道を、君と共に。