「薩摩への恩返し・・・・」

天霧は言ってから小さく嘆息して己の手を、月明かりへとかざしてみた。
指の間をすり抜けていく月明かりが、彼と重なった。

「何故、なのでしょうね」

困ったように笑って、こぶしを握る。
月光も届かない世界へと身をゆだねる様に目を瞑る。

 明日、天霧は鬼の里を離れる。
一族の者達を残していくことになるが、此処が人間に見つかる可能性はまずないだろう。それに薩摩に協力することに不満はない。

 ただ、唯一心配なのは、天霧の同行者のことだ。
彼の主であり、現風間家の当主。
強さは申し分なく、その点では確かに適任かもしれない。
なのに、何故だか不安になるのだ。

 (千景)

彼は、確かに強い。
だが目的のためなら己が傷つくことを厭わない。
いや、自分が傷ついていることにすら気がついていないのかもしれない。
凛とした強さを持っているのに、それでいてどこか儚くて。
目を離したら消えてしまうのではないか。そんな気がした。


 「・・・・天霧?」


後ろから声がして、天霧は驚いて振り向いた。
自分でも気づかないぐらい深く考え込んでいたらしく、気配を感じなかったのだ。

「風間、まだ起きていたのですか」

「貴様こそ、寝ないのか?」

まだ寝ぼけているのか、少し舌足らずな口調。

「いえ。私ももう寝ますよ」

天霧は苦笑して風間の肩へ羽織をかける。
風間は半分眠っていたがなんとか自力で部屋へ戻っていった。


 天霧はもう一度手を空へとかざす。

光は矢張り、手から零れ落ちていった。

それでも、それでも、少しの間であろうとも彼を守れるならば構わない。
自分がもつすべての力で、
目を離せば消えてしまうであろうあの光を。






***************





 「・・・・千景」

呼びかけても、返事は無く。
桜の木下へ花びらに抱かれるようにして眠る主はいつもと変わらず、まるで生きているかのようだった。

「守りたいと思ったんです」

止めたかった。けれど、叶わなかった。
彼は止めてもきっと聞かないから。言えなかったのだ。
『行くな』なんて。

最初から解っていた。
自分が彼を守れるのは少しの間だけなのだと。


「私にできることはもうなにもありません。ですが」

天霧は風間の頬へと手を当てる。
滑らかな肌は、変わらないように見えても矢張り体温をなくしていた。

それでも、天霧は穏やかな笑みを浮かべた。

「消えては、いませんでした」

目を離せば消えてしまいそうな光。
あの時、離れた時点でもうこの光をみることは叶わないと。

けれど、今腕の中へある彼は、幸せそうに微笑んでいて。
それだけが救いだった。


「千景」


額へ口付けを落として。

思ったよりもずっと軽い彼の身体を抱き上げ、ゆっくりと歩き出す。

 行き先なんて見えないまま、ただ歩きだす。


(もしも叶うなら)



(来世も貴方のお傍へ)



「次は必ず、お守りします」










守るという言葉の意味は、人それぞれですよね。という話。